スガネタ。

 

 イメージ小説 -Oh, Sweet baby- 「SWEET BABY」より


 

いつも通り、と言うと語弊を生じるかもしれない。僕と彼女はその日のその時、待ち合わせて街を歩いていた。どこかへ出掛けよう、と言った彼女に、どこに行きたいかと尋ねると、特別にどことは答えがなく、これもいつもの事なのだが、

「二人でゆっくり出来るところ、なんて、そんなにないものね」

「まあ、仕方ないよ。二人そろって実家なんだし」

「お兄さん、一人暮らしとか、したら?そしたら時々、ご飯作りに行ってあげる」

今年高校二年の彼女は、幼い頃からの知り合いで、そのためか僕を「お兄さん」と呼ぶ。違和感はないので、特別かまわないことにしているが、そろそろ名前で呼んでくれてもいいのに、とも思わなくもない……呼ばれ方なんか、本当はどうだっていいのだが。

僕は浪人一年目で、最近ようやく、親から許しをもらって(この辺りが情けないが)コンビニでアルバイトを始めた。時給は安い。ある程度の拘束時間がないと、それなりの額を稼ぎ出すことは難しい。その上浪人だ。予備校にも通わされている。こうして彼女と会えるのも、ほんの僅かの時間しかない。その時間を有意義にするために、と始めたのがアルバイトというのは、一種の矛盾を感じるが、それなりに先立つものがなければ楽しいはずの一時も、何だか情けない、で終わってしまう。世の中は、金ではないと思いたい。いや、金ではない。それは世の中を楽しむために最も重要なツールであって、それ以上ではありえない、そのはずだ。けれど貧しいことは、やはり良いことではない。寂しいかな、そんな訳で、実はこのデートの後にもアルバイトの控えている、情けない僕なのである。

「観たい映画がある、とか言ってなかったっけ。あれは?」

「うん……来週、友達と行くって約束しちゃったの。お兄さん、観たかった?」

歩きながら、僕らはそんな風に話し始める。少し残念そう、と言うか、元気のなくなる、と言うか、あからさまに僕を気遣うような声は、嫌いではない。でも、彼女に変な気遣いをさせるのは、実は余り好きではない。いつも笑っていてほしい、などと、阿呆な事は思わないにせよ、哀しませたいとは、微塵も、とまでは行かなくとも思わない。

誰かが聞いたら僕は変態扱いかな、と思うこともしばしばだが、僕は彼女の色んな顔を見てみたい。笑顔も泣き顔も、それこそ、僕になじられて哀しむ顔さえも。世間ではそういうのを「サド」と言うが、確かにそうなのだろうが、好きな相手の色々な表情を見てみたいと思うのは、当然の主張ではないのだろうか。笑っている幸せそうなところは勿論、苦しみ喘ぎながら必死に謝罪する、そんな顔を見てみたいと望んだところで、一体何が悪いのか。この子が僕を好きだと言って、僕も同じように思っていて、だったら哀しませないのが男だろうとか、そういうことを言われるのは、ちょっと不服だ。好きだからこそ、見たい一面がある。僕のものになるというのなら、その全てを僕にさらけ出してほしい。そこに負の感触があったとしても、そのことで彼女が、たとえば泣き出してしまったとしても。

「別にいいよ。特別観たいヤツってわけでもなかったし」

彼女のその、ちょっと困った声音の言葉に僕はそう返し、その「ちょっと困った」顔を見られた事にほくそ笑む。こういうところで笑うと案の定、

「なぁに、何がおかしいの?」

「別に何も。おかしかないよ」

「……お兄さんて、実はあたしのこと、ばかにしてるでしょ?」

と言う具合に、彼女はすねる。で、すねるその顔が可愛いなあと思って笑うと、更にすねる。これを続けて「何でもないよ」を繰り返すと、ちょっと面倒なことになるのだと最近は学習して覚えたので、あまりそれもしないでいるのだが、ぷぅっと膨れたその顔も、実に愛らしくて、その辺りも、僕は気に入っているというか、満足している。僕の彼女は完璧だ、とか言うことは、思っても口には出さないが、思うだけでもきっと、大馬鹿の所業なのではないかと思われる。しかし、それが恋というやつなのだ。阿呆くさいことを自分の中だけで繰り返し繰り返し、反芻してみたり、時折思い出しては、その時の気分に浸り返してみたり、それで思い出して笑ってみたり。当然これを他人に目撃されたりすると、変なやつ扱いをされるわけで、だからと言って何も言い訳をしたりはしないが、好きな誰かがいて、惚れているということは、そういうものなのだし、そういうことなのだ。それは否定しない。

「だから、どーしてそこで笑うのよ!あたしは怒ってるのよ?」

「だから笑ってないって……しつこいなぁ」

「笑ってるじゃない!何がおかしいのよ?」

「おかしいんじゃなくて、楽しいんだよ、きっと」

「楽しい?楽しいって何よ?あたしのこと揶揄うのが、そんなに楽しいって言うの?」

「いやだから、そうじゃなくて……」

どうやら今日はご機嫌を損ねてしまったらしい。ぷぅっと膨れて、彼女はそっぽを向いてしまった。そして、

「帰る!」

「……そんなに怒るなよ。僕が悪かったから」

「お兄さんなんかもう知らない!ばかぁっ」

という具合に涙の混じった声で叫んで、僕は僕で、また怒らせたことをちょっとだけ反省して、しかしその反省も、あまり長くは続かないのだが。

「じゃあ、家まで送る……」

「いらない!一人でも帰れるもん!」

「って……ああ、そう」

「次の約束だってしないんだから!どうせお兄さん、バイトと予備校で忙しいんでしょ?あたしに会うヒマなんて、本当はないんでしょ?」

「そんなこと、ないけど……」

「一緒にいたってすぐに意地悪するし、本当はあたしとなんか、一緒にいたくないんでしょ?」

「別に意地悪なんてしてないよ。そっちが勝手に……」

「だったらどうしてもっと……もっとやさしくしてくれないの?あたしのこと、好きじゃないんでしょ?」

「そんなこと、ないよ」

僕は彼女に恋している、惚れている、手に入れて、僕のものだと言うのなら、何もかもをさらけ出してほしい、と思いながら、それを言葉にすることが出来ないというのは、やはり人間の器の小ささ、と言うのが問題なのだろうかと時々思う。この場合、単に度胸がないだけか。ここで「ばか、好きに決まってるよ」とか言うと、すごく気障だし恥ずかしいし、かと言って怒鳴りつけたら、今度はきっと彼女は泣き出してしまうだろうし、こういう時、どうしたら一番スマートで、なおかつ自分で納得のいく結果を出せるものか、僕にはいまいち解らない。恥ずかしいのを我慢して、気障な科白でも口にするべきか、それとも、怒鳴りつけたものか。どちらも出来ない僕はどうするかと言うと、とりあえずもう二言三言投げつけられるであろう罵詈雑言に堪えるのだ。女と言うのはこういう時どうしてこんなにパワフルなんだろうと思いながら、確かに怒った顔も可愛いけど、見ているだけではすまないから厄介だよな、と思いながら。そして、どうしたらこの、何とも言えない焦燥のような感覚、愛しいともつかず、好きでは足りない、胸の中のうねりのようなものを伝えられるか、そしてそれが美しくも尊くもなく、とても自己中心的な独占欲であるのだと、知らしめられるかを考えてみる。

別に、想うことが綺麗なことだと僕は思わない。得たいという気持ちは、その後どう扱うかは別として、そんなにいいものではない。だからそれはまさに『欲』と言うべきか。僕は渇望している。そして時々、ほんの僅かの時間、彼女を独占できて、だから余計にまた欲しくなる。共有する時間ではなくて、彼女自身が。

それを美しく飾ることは、陳腐なことだ。ばかばかしくて話にもならない。けれどそんな具合に自分の感情を、奇妙な形で肯定している同年代の男と言うのは、一体どのくらいいるだろう。この独占欲プラスアルファの複雑な感情が愛だと言うのなら、何と下らないことか。

「じゃあ、もう会わないから。電話だってしないんだから!」

「って、ちょっと待てよ!」

ヒステリックに叫んだ彼女の手を、僕はあわてて捕まえる。もう会わない、と言うのは、はっきり言って僕の望みではない。何より、一番あってはならないことだ。本気ではないんだと思いたいけれど、どうしても僕は、彼女を失いたくないがために、その言葉にだけは過敏に反応してしまう。嫌われても、どう罵られても構わない。でも、もう会わない?それだけは御免だ、と言うか、勘弁してくれ。会いたくないわけでも、近くにいたくないわけでもない。まるで反対のことを僕は望んでいる。時々でもいいから、などと謙虚なことは言わない。いつでも、叶うなら、ずっと一緒にいたい。それが解らないのか?思う僕をよそに、すっかりおかんむりの彼女は泣き出しそうな声で、

「やっ……痛い、離してよ!」

「あのなあ、ちょっと揶揄っただけだろ?そんな風にして怒るなよ、子供じゃあるまいし」

そう言って僕は、痛いと叫ばれたその手首を強く引き寄せる。よろけながら彼女はこちらに戻されて、振り向きざま、涙の溜まった目で反論する。

「何よ、やっぱり揶揄って遊んでるんじゃない。そうやっておもちゃにして、あたしの事なんか、本当はっ……」

好きでも何でもないんでしょ、と言うフレーズは出てこなかった。彼女はその場で泣き出して、僕は、つかんだ手首をそっと解いて、それからしおしおと謝罪する。いつものパターンで、だというのに学習能力が足りないのか、僕らは毎回のように、こんなことを繰り返す。

「ごめん……悪かったよ」

喧嘩と言うほど大げさではなくて、じゃれ合いと言うほど些細ではない僕らのやり取りは、いつも僕が彼女を泣かせたり怒らせたりして、でも嫌いでしているわけでも、さっきのサドの話ではないが、いじめて遊んでいるわけでもなく、こんな風に始まって、こんな風に終わる。

「僕が悪かった。謝るよ」

「……本当?本当にそう思ってる?」

「うん……ごめん」

「あたしが怒って……哀しかった?」

「……嬉しか、ないよ」

「あたしのこと好き?こんな風に泣いたりしても、嫌いにならない?」

「……うん」

僕はどこかうやむやな感じに答えて、それでも彼女はそれに安堵する。洟をすすって、涙を拭いながら、

「だったら、いいわ。許してあげる」

そう言って、今度は自分から僕の手を捕まえる。指を絡め合うように手を握って、涙目のまま笑う彼女は、実に愛らしく、僕はそれを見るたびに、こういうのも悪くないな、と思って、だから余計にこんな具合のぶつかり合いを、やめられないでいる。えへへ、と笑う彼女はとても可愛い。手を握り返すと、心の奥底から嬉しそうに、また彼女は笑って、好きよ、と小さな声で僕にささやく。これが幸せでなくて何だと言うのか。そんな思いで僕も、つい笑い返す。そして彼女のご機嫌は直ってしまい、さっき鳴いたカラスが、の慣用句さながら、こんな風に問いかけてくるのだ。

「まだ時間、平気?」

「うん。もう少しなら……」

「お兄さん何時までバイトしてるの?終わった頃、覗きに行ってもいい?」

「いいけど……遅い時間だから、危ないよ」

「平気よ。ちょっとだけ。ちょっと会えればいいから。だめ?」

そして何だかんだ言って、彼女も、僕の困った顔を見るのが好きらしい。これだと僕のやったことと彼女のしていることはプラスマイナスゼロで、はっきり言ったら何をしてもチャラのような気がするのだが、世の中、そうも行ってくれないらしい。僕は実際、バイトしているところなんかを彼女に見られるというのはあまり嬉しくないことなのだが、そして、来なかったとしても何となく待ってしまう心地と言うのが、変に期待してそれをはぐらかされたようで、あまり好きではないのだが(もしかしたらこれは彼女のしている「駆け引き」なのだろうか)そういう態度を見るのが、彼女にしてみれば楽しいらしく、実際待ち伏せして「びっくりした?」とか、やりたいらしい。困るというほど困りはしないが、何と言うか……やっぱりちょっと困る。

「だめ」

「えーっ、どうしてよ。今日が終わったら、次にいつ会えるか、わかんないのに!」

僕の答えに彼女は反論して、食い下がろうとする。僕はそっぽを向いて、

「じゃ、今から次にいつ会うか、決めとこう。そしたらわからなくないだろ」

「えーっ、でもぉー……」

「夜遅くなったら家の人にまたしかられるだろ。そしたらもっと面倒なことになるよ。それでもいいの?」

僕の言葉に、彼女はむっと唇を尖らせて、眉をしかめたまま、はぁい、と小さく答えた。鼻の頭にしわを寄せる不服そうな顔は、まだ何か言いたげで、けれど僕は何も言わせず、次の段階へと話を進める。

「で?今度はいつにするの」

「いつにするの、って、あたし、土日はいつでもヒマよ?お兄さんはいつがいいの?」

不機嫌のまま、それでも「次の約束」のために彼女はそうやって逆に僕に尋ねてくる。僕は頭の中にこの先の予定を思い浮かべながら、

「再来週の木曜、祝日だったよな」

「じゃあその日!いつものところで待ち合わせでいい?」

嬉しそうに彼女は僕に確かめるように問いかける。僕はその日特別の用がないかと頭の中で確認し、それから、

「多分大丈夫、かな。バイトが入らなかったら一日ヒマかも」

「じゃあ、決まりね!って言うか、デートの日くらい休んだらいいじゃない、バイトも。今日だって、ドタキャンとかしちゃえば?」

きゃきゃ、とはしゃぎながら彼女はとんでもない提案をする。冗談じゃない。そんなことをして首を切られでもしたらどうするのだ。僕は眉をしかめて、

「そういうことはしない。何、俺がまた貧乏になってもいいって言うのか?」

「やぁだ、冗談よ。そんなに怒ることないでしょ?でもお兄さん、そういう言い方だと、何だか『お金だけが大事』みたいに聞こえるわよ?」

「元手がなきゃろくに遊べないだろ。君は時々、変なものをねだるし」

そして僕はそのおねだりの様子と、買ってやった時に見せる喜んだ表情が見たいばかりに、ねだられたものを時々買ってしまうのだ。彼女はその辺のこともわかっているのだろうか。我関せず、という顔になって、

「変なものなんて、ねだってないもん。それに、嫌なら買ってくれなくてもいいわよ?」

時々憎らしくなるのは、でもそういうところも別段、嫌いではないのは、どうしてなんだろう。僕は思いながら、少しやけになって溜め息をついた。そしてこの話題をどこかへやってしまわなければ、と改めて口を開く。

「じゃ、再来週の木曜。時間は……昼より少し前、くらいでいい?」

「あ、あのね!この間新しいオムライス屋さんができたの!そこでお昼食べよう!」

話題は、何となく切り替わったような替わらないような感覚だった。またおねだりかよ。思って僕は溜め息をつく。

「別に、昼過ぎてからでもいいんだけど」

「だめよ。そしたら一緒にいられる時間かが減っちゃうじゃない」

「僕は君の金づるじゃないんだけど」

「何よぉ、誰もそんなこと言ってないでしょ?」

「そう聞こえるって言ってるんだよ」

彼女はその言葉に目を丸くさせ、それからくすくす、と少し笑った。そして、

「何怒ってるの?お兄さん」

「怒ってないよ、気分が悪いだけ」

「それって『すねてる』って言うんじゃないの?やぁねぇ、子供じゃあるまいし」

笑いながら、彼女はその指で僕の頬をつつく。揶揄われているな、と思いながら、僕はその手を払いのける。

「うっとうしいからやめてくれよ、そういうの」

「お兄さんて本当に、時々子供なんだから。ちょっと言ってみただけでしょ。本気にしたの?」

「時々本気でそう思うよ。僕は体のいい、君の財布なんじゃないか、って」

そう言うと、彼女は驚いたように目を丸くさせた。僕はふてくされて、ついさっきとは全く逆の立場になって、じろりと彼女を睨みつけた。彼女はそんな僕を見てぷっと吹き出し、それからおもむろに、というか唐突に、真正面から僕に抱きついた。突然のその行為に驚く間もなく、彼女は楽しそうに、嬌声めいた声で言い放つ。

「お兄さんて、本当に可愛いんだから。ぎゅーってして、離したくなくなっちゃう」

「って、ちょっと!ひ、人が見てるところでこんなっ……」

僕はパニックになりかけて、あわてて彼女を引き剥がそうとする。けれど彼女は僕を離そうとはせずに、何が嬉しくて楽しいんだか、くすくす笑いながら僕の耳にささやいた。

「大丈夫よ、お兄さんはお財布なんかよりずーっと大事なんだから。お財布はこうやって抱きしめたり、キスしたりできないでしょ?」

ちゅ、と、頬にその感触があって僕は硬直した。彼女は自分の腕を僅かに解いて僕の顔を覗くと、いたずらっぽい顔でこんな風に言った。

「だから時々は、お兄さんからしてね?」

こういう時、固まらずに何かできる男は、立派だと思う。いや、僕が情けないだけなのか。何度かされていて、やられていて、慣れているはずなのに、自分がしたことがないわけでもないくせに、そもそも今時の若者のくせに、僕は彼女のこれに弱い。して、とねだられてする時にだって、相当の覚悟がいる。いや、したくないわけではないしむしろその、何というか、欲求としてはあるわけで、けれど衆目を気にしないでやられたりしたりするのは、何というかはめられてないか、と思ったり……まあとにかく、そういうことなのだ。

「今度のデート、お弁当作ってこようか?」

固まって真っ赤になったまま動けない僕に、彼女は可愛らしくそう提案する。僕はぼんやりしたまま、でもこれも幸せかもしれない、と馬鹿なことを考えながら、

「料理なんか……できるんだ?」

「何、その言い方。お弁当くらい作れるわよ。そりゃ……冷食とか、使うけど」

ちょっとだけふくれて彼女は言う。僕の彼女はとても可愛い。完璧で、きっと何をしてもどんな顔をしても、それは微塵も揺らぐことはないんだろう。いたずらなキスも、拗ねて泣く横顔も、唐突なハグも、僕は全てを許して、望んでいる。全てを得んがために。だから、頬のキスくらいで怯んでいる場合ではないのだが、いや怯んでいるのではなくてこれは、でも一体何なのか、わからないのだが。

「でもおにぎりはちゃんと三角だもん。中にもちゃんと梅干とか、忘れないで入れられるわよ?」

「……しゃけとかしぐれのほうが、おかずっぽくていいよ」

「じゃあしゃけとしぐれも作るわ……じゃなくて!」

そう言ってまた彼女はちょっぴり感情的になる。僕はぼんやりしたまま、弁当よりも、この後このまま彼女をそういう意味で食ってしまいたいなあと思いながら、その時見られるその様子と言うのは、想像を絶するものがあるなあと、やけに強く思って納得してしまったのだった。

「お兄さん、あたしにお弁当なんか作れるわけないって思ってるでしょ?」

「いや、そんなこと、思ってないよ……」

「じゃあ何よ、その、本気にしてなさそうな顔は」

「いやちょっと……弁当か、とか、思って」

「何、それ。お弁当に何かあるの?」

「だから『お持ち帰り』とか……『暖めますか』とか……」

「……だから、何?」

わけのわからない僕の言葉に、彼女はひどく眉をしかめる。僕はぼんやりのまま(頭の中はぼんやりどころ、活発にぐるぐる回っているのだが)

「食べたいって言うか……戴きますと言うか、ご馳走様と言うか……」

「お兄さん、お腹すいてるの?」

不思議そうに、彼女が僕に問いかける。下から覗き込むような視線に、僕はどきどきしながら、

「……腹は減ってないけど、今から食っちゃいたい感じ」

「え?」

彼女はますます不思議そうな顔になってその首をかしげた。僕は自分の言った言葉の意味が、わかったようなわからないような感覚で、それでも抑えきれず、もう一度言った。

「……食っちゃいたい感じ」

「だから……何を?」

言わずもがな、何かなんて決まっているのだが、僕はやっぱりそれを言えずにもごもごと、またわけのわからないことを言ってみた。と言うか、もしそうなったらと考えただけで、やたらに血行が良くなって、そのおかげで頭に血が回らなくなっているような、そんな感じだった。

「ねぇ、もしかしてお兄さん、具合が良くないの?そんな風でバイトなんかして、大丈夫?」

ぼーっと突っ立っているだけの僕に彼女が心配そうに問いかける。僕は突っ立ったまま、こんな風に心配してくれる顔も可愛いな、とかまた思いながら、それにしたって我ながら欲張りと言うか、いや欲張りだなと思いながら、僕をいたわる彼女を無言で見ていた。

「どこかに座る?あんまり調子が悪いなら、今日はおうちで寝たほうがいいわよ?送っていく?」

「いや……少し落ち着いたら、行くよ、バイト」

「本当?大丈夫?」

「……うん」

 

僕らを隔てるものが何もなければ、何事も僕らの邪魔をしなければ、僕の中に変な良心や躊躇いや、果ては照れ、なんてものすらなかったら、本当はいいのにと思わないでもない。思うまま望むまま、彼女を求められたらどんなに幸せだろう。どんなに気持ちがいいだろう。たとえば彼女の苦痛を思いやる心さえなくて、心の底から利己主義になれたなら。いや、その手前のことまでは素面でも考えられるのだから、その辺はあってもなくても同じなのかもしれない。

これが愛だと言うのなら、それはなんとも醜く、自己中心的で、自分勝手で乱暴で、美しくも尊くも暖かくも優しくもないものだろう。だから僕は彼女を「愛している」とは口が裂けても言わないし、言えたことでもない。『愛』と言う言葉で綺麗に飾る汚いもの、正当化しているもの、例えば欲望とか、自己満足とか、そんなものを、僕は否定しない。それが一体自分のためでなくて誰のためだろう。たとえばあの子の幸せそうな顔を見たいがためにする、何事かについて、愛ゆえに、と飾ることの、何と下らないことか。僕がその顔を見たいからしている、自己満足の行為が、そんなものであるわけがない。何しろ僕は同じ理由で彼女を泣かせることもするのに、違いないのだ。これは全て自分のために、自分の喜びのために。恋して惚れていても、こういうことをすると嫌われるからしない、というだけのことが、思いやる心だとは思わない。たとえば『愛の交換』なる言葉で飾られる色々が、本当にそのものであるとは限らないし、そうであるはずもない。

ありていに言えば『愛している』のかもしれない。でもそれは自分をであって、相手ではない。不幸にしたくはないけれど、時々苦しめたい、哀しませたい。僕のために、僕ゆえに。それを見たいがために、得たいがために。それはやっぱり惚れているからで、そのことだけでも僕は彼女に伝えたい。君を手に入れたい、自分の好きにしたい。

果たしてこれは許されるのだろうか。何より、彼女自身に。それで嫌われて捨てられた日には、僕には目も当てられないのだが。

 

「本当はもっとゆっくり……一晩とか、一緒にいられないかな」

「やっ……やだ、お兄さんてば!そんな……」

「そういうの……だめかな」

「だっ、だめとか、だめとか……そうじゃなくて……」

「僕は、そうしたい、けど……今日じゃなくても、別に構わないし……」

「……あたしのこと、本当に好き?」

「……好きだよ」

「本当の本当の、本当に?」

 

本当は君の気持ちなんかどうでもいいくらい好きだよ、と言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。何もかもめちゃくちゃにしてみたいくらい好きなのだと言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。僕を怖がって近付かなくなるか、それとも、「素敵」と言って賛同してくれるだろうか。その意思に反して無理やり何事かをしても、彼女は僕を許してくれるだろうか。今まで通り、隣で笑ったり怒ったりしてくれるだろうか。

 

「あたしのこと……大事にしてくれる?一生ずっとそばにいて、それで……」

「一生くらい……そばにいるよ。そんなの、どうつてことないよ」

 

それは許されるのだろうか。何より、彼女に。

 

 

自分ツッコミ・無料配布スガ本以前に何かの穴埋め(笑・通称『狂言師本』)に書いたブツです……わー!!()再録って恥ずかしいね!!()さておき。最近のスガさんがユルい気がするのはコレとかアレとかアレとか更にはデビウ前のアレなんかのエーキョーかもしれませんなぁ……いや私は最近の『毒気はちょっとだけど効いてる』感じもスキですが。てか「午後パレ」の「君の隣の」以下略って、ちょっと考えたら凄い恐い気がしませんか?しませんか、そうですか……あーそー言えば今年の今月はスガシカオさんは名古屋で二連投で、行って来ました(自分メモ)なんつーかもー、惚れ直したけど、別に『ヨメ!!』とかは思わない……クールですかね、私……。

 

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Last updated: 2008/10/25

 

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