スガネタ。

 

 イメージ小説 「Sofa


窓のない向かいの工場が

季節に関係なく低い音をたてていて

ぼくはいつも 世界のどこにいても

その音がするんだと あたりまえに思ってた

そう信じてた

 

部屋の明かりはついていない。当たり前だ、誰もいないのだから。鍵さえかけられたままのドアの向こうには、もう誰もいない。それを思って僕は嘆息する。

二人で暮らすには狭い部屋だった。暮らす、というレベルにまで到達していたかどうかは解らない。ベッドも僕のものが一つきりのまま、新しく大きなものに買い換えることもなく、それを考えるほどの時間もなく、彼女はここからいなくなった。夢や希望があって一緒にいたわけでもない。僕にも彼女にも、他に行く宛がどこにもなかった、それだけだ。本当に短い時間だった。思い返せば、瞬きほどだったかもしれない。

彼女はいなくなった。出て行った、というのも、正しい言い方ではないだろう。いなくなったのはほんの二、三日前、ここにいたのは、どのくらいの期間だっただろう。

断りもなく。当たり前だ、断れる時間さえ僕らにはなかった。そして、こんなことになるとさえ思っていなかった。

恋人だった訳ではない。だったら友人か、と問われても困る。僕らを呼ぶための名詞はどこにもない。僕と彼女とはそういう、二人で一つの名をつけられるような関係でもなかった。

アジアのどこかから来た、ろくに言葉も通じない、蜜色の肌をした、とても綺麗な子だった。僕は雨の日に、彼女を拾った。

 

どこにでもいるごく普通のサラリーマン、と言っても、人それぞれにやっていることも立場も、そして収入も違う。だからそのくくりが、どれだけの正確さを持っているのかは解らない。公休は四週六休、社会保険は最低レベル、ボーナスは前年の収益と銀行との折衝で、毎年定率とは限らない。そんな、この不景気にあっていつ倒れてもおかしくないような会社に、僕は勤めていた。一応ホワイトカラーで雇われて、仕事内容は事務作業一般だが、緊急時には作業用のツナギを着て埃と泥にまみれて動き回ることもある。何もかもが出来なければやっていけない、そんな職場だった。給料もいいとは言えない。同期や後輩はそれを憂いて何人かやめていった。リストラ対象になって首を切られた同僚さえ、もっと稼げる仕事を探す、と皮肉を言っていたくらいだ。あれからそいつらには会っていないが、今の僕よりもいい暮らしをしているだろうか。それとも、もっとどん底にまで堕ちているだろうか。

外国人労働者は、町にうろうろしていた。都市部から少し離れた、工場地帯と農地とが地図の上でモザイクを描くような環境に、僕は暮らしていた。会社は駅から離れていて、通勤ラッシュには駅に外国人がごった返した。あちらこちらにある会社たちは、各々に通勤用のマイクロバスを仕立て、外国人労働者が毎日それに乗り込んでいく。多くはアジア系の労働者だろう。日本人とかけ離れすぎない、けれどどこか雰囲気の違う人達は、日本人のように陰気な顔をする事無くバスに乗り込み、同じバスに乗る日本人の方が小さくなっていることも良くあった。それ以前に、バスに乗る、乗らない、定員オーバーで乗れる、乗れないでよくトラブルも起こしていた。

会社でも同じだ。言葉が上手く通じないために仕事の効率が落ちたり、品質が悪くなったりの繰り返しで、外国人の労働者の多くがその度に、まるで八つ当たりでもされるように怒鳴られていた。横目で見ながら、僕はそれを何とも思わなかった。彼らが可哀相とも、言葉も通じないくせに出稼ぎになんか来るからだ、とも。ただ、彼らは叱られても、日本人の下層労働者のように大人しくしていない事が多かった。まくし立てられればまくし立てて返すのもいて、騒ぎを起こせば大抵次の日から彼らは姿を消していた。遠い異国にはるばるやって来て、なれない環境で暮らして、訳の解らない理由で喚き散らされて、反抗したら首を切られる。

彼らは一体ここに何のために、何をしに来るのだろう。その繰り返しを見るたびに僕はそんなことを思った。大人しく自分の国にいればいいのに。とは言っても、彼らのような外国人労働者を雇う仕事に就きたがる日本人の若者も、少ないらしい。若しくは会社側のやり方だろうか。どれだけ不祥事が起こっても、不都合が発生しても、外国人の変わりに来るのは外国人だった。それもやはり、アジアか南アメリカの系統の。懲りないのか、それとももっと別に、ここにいなければならない理由があるのか。自分の国で生きていけないというのはどんな感覚だろう。この国も結構な不景気だが、彼らの国はもっともっと貧しいのだろうか。国はその為に何らかの手段を講じようとはしないのか。それとも、そんな国を、彼らは捨ててきたのか。思いはしたけれど、僕はそれを誰にも話したことはない。話した所でどうなるわけでもないし、僕に何が出来るわけでもない。ただ周りに変な目で見られるだけだ。頭の固い定年間際の、万年平社員のオヤジに変に冷やかされるのも癪だった。お前は外人の見方か、とか何とか、文句をつけられるのも気分が悪い。それに特別、そんなことも思っていない。

味方だの敵だの、誰がそんなことを決めるのか。彼らは彼らで、彼らなりに働いているだけだ。日本人と感覚が違うために誤解されて、そのことに困惑して、それを僕らよりも隠さない、それだけの気がする。

彼女もそんな、外国人労働者だった。中学生がやっと習ったような、適当で拙い英語で年をたずねたら、19才だと言っていた。英語が解るのかと聞いてみたら、少しだけ、と言葉ではなくてその指先で教えてくれた。両親と三ヶ月ほど前、日本にやってきたのだが、仕事が見つからず、伝を頼ってこの町に一人でやってきたらしい。詳しい事情は解らなかったが、あの子は一人なんだよ、と、同じ国から来た誰かに聞いた。

 

初めて会った雨の日、彼女は帰りのバスに乗り遅れて、傘も差さずに田圃と畑の間の、奇妙に整備された道を歩いていた。初めて来た外国人がそうやって道を歩いている事はよくある。ヒッチハイクのような真似をしていることもあるのだが、拾っていく人間は滅多にいない。僕も、他の人間と同じ様に、彼女を車に乗せようとは思っていなかった。手を上げて車を止めようとしている風でもなかったし、乗せる理由もなかった。誰か知り合いでもいれば彼女もそんな風にして雨にぬれることもなかったのだろう。どうしてあんなところでずぶ濡れになっていたのかと、後で尋ねたら、傘がなかったから、とだけ教えてくれた。もっとも、他に答える術もなかったのかもしれないが。

その時の僕は社用で外に出ていた。彼女を見つけたのは、最初は会社に帰る途中で、二度目が、帰宅する途中だった。日本人にはマイクロバスより自家用車で通勤している人間の方が多い。同じ現場で親しくなれば、日本人でも彼らを、帰宅途中の駅まで送ったりすることもあるらしい。それがくせのようになって、というトラブルも起こって、会社側はあまりいい顔をしないのだが、僕は一度として彼らを車に乗せた事がなかった。事務所にいるから彼らと関わったこともあまりなかったし、正直、興味もなかった。

大きな荷物を抱えた彼女は、歩きながらも途方に暮れていた。ずぶ濡れで、どこか哀しそうな目をして、自分の真横を通り過ぎる車を見送っていた。僕も、どうかしていたのかもしれない。疲れていたのか、それとも、他に理由でもあったのか。彼女のそばを通り過ぎて、すぐブレーキを踏んだ。待っていればそのうち追いつくだろうと思って後方を見ると、彼女は立ち止ったまま僕の車を見ていた。雨にぬれた蜜色の肌と、べったりと額にくっついた長い黒髪、そして、大きな琥珀の瞳。ただでさえ薄暗い夕刻に、空は暑い雨雲に覆われて、どんよりと暗かった。僕は窓から身を乗り出して、無言で彼女を手招きした。彼女はそれでも立ち止ったまま、どこかぼんやりと僕と、僕の車を見ていた。まるでその場所に立てられた銅像のようだった。

それから、僕は彼女の側まで車を寄せ、身振り手振りを交えて車に乗るようにと伝えた。彼女は驚いて戸惑って、そして怯えていた。考えてみなくても、それは当たり前だろう。大きな荷物を抱えて、見知らぬ外国の道端で、見ず知らずの男に車に乗るように言われれば、何をされるか解らない、くらいのことを考えてもおかしくはない。僕は少し困ったが、駅へ行くのか、と彼女に尋ねた。そして、この車で駅に向うことも。実際、僕の住んでいるアパートは駅よりも会社に近かったのだが、そこに連れて行くわけにも行かないし、そんなつもりもなかった。彼女はなかなか車に乗らず、疲れた目で、困ったように僕を見ていた。僕は、どうしたものかとしばらく考えて、それでもその場に彼女を置いていくこともできず、駅に行くから車に乗るように、と、それを繰り返した。どれだけの時間が経過したのかわからない。視界が利かなくなるほど暗くなった頃、漸く彼女は車のドアを外から開け、後部座席に乗り込んだ。僕はその時、笑っていたかもしれない。後部座席のシートは雨と泥で汚れてしまったけれど、そんなことは同でも良かった。言葉、というよりも意思が通じた事が少し嬉しかった。そしてそれも手伝って、普段なら見知らぬ外国人に聞かないようなことを尋ねていた。

「どこから来たの?」

遠くのアジアの国の名前が出て、僕は、へえ、と短く返した。この辺りの外国人の半分くらいがその国から来ていたから、特別珍しくもなかった。それから、特別会話らしい会話もせず、僕は駅まで車を走らせ、ずぶ濡れのままの彼女をそこで降ろした。彼女は車を降りて、最後にやっと少し笑った。そして自分の国の言葉で有り難う、というと、そのまま駅の構内に消えていった。

 

それから、彼女と時々、その道の途中で会うようになった。言葉はあまり通じなかったけれど、彼女は僕の車を見ると手を振ってくれた。僕もそんな彼女に手を振り返したり、あの雨の日のように車に乗せて駅まで送ったりした。もっとも、その時は彼女一人だけではなくて、その友人数名がいることも多かった。彼女より少し年上の、大人と呼ぶにはまだ幼い外国人の女性達は、車内で僕に解らない言葉を交わし、彼女もその中に混じって、とても楽しそうだった。友達が出来たのか、と僕は暢気に思い、あの雨の日と比べて、なのだろうが、良かったと少し安心した。こちらも二十代の男だ。若い女性の嬌声の全てが心地いい、とまでは言わないが、楽しげな会話なら悪い気もしない。しかも、誰もがエキゾチックな彫りの深い、可愛らしい顔つきで、見ているだけでも嬉しい、というのもおかしいが、会社でつまらない作業をした後には、それを見て何となくほっとすることもできた。

駅まで彼女たちを送ると、片言のアリガトウが幾つも聞こえた。その中にはもちろん、彼女の声も混じっていた。サヨナラ、アリガトウ、それから、コンニチハ。彼女は少しずつ言葉を覚えて、時々遠くから大きな声で僕を呼ぶこともあった。会社の同僚に、何だあれ、余所の会社の外人に手を出したのか、などと言われたこともあったが、雨の日に拾って以来時々車に乗せている、と話すと、納得したようなしていないような顔をした。

僕にしてみても、おかしな話だと思った。僕はどちらかというと人見知りで、今までそんなことは一度たりともした事がなかった。それに僕のほうから声をかけたことも、あの雨の日以外は一度もなかった。それでも、日本人よりもずっと人懐こい彼女達は、それが当然であるように、僕の車を見かけると名前を呼んで手を振った。車に乗せてもらいたいから、という理由だけではなく、彼女達にとってその挨拶は当たり前のものらしい。駅までの送迎は、あくまでオマケのようだった。バスを待つ間にも同じことをして、今日はバスに乗るから、と、笑っていた事もある。じゃあどうして呼び止めたのかと聞くと、友達だから、会ったら挨拶をするものだ、と言われ、また笑われたりもした。

それは奇妙で、けれどいやな感じのする関わり方ではなかった。言葉は通じないし、きっと考え方も、僕と彼女達とでは全く違うのだろう。異文化接触何とか、というやつか、と、ぼんやり僕は考えて、でも悪い気はしなかった。彼女達をどうこうしようとか、そういうこともあまり思わなかった。付き合ったり恋人にしたり、結婚するような相手ではなかったし、何しろ余所の会社の作業員で、名前さえろくに知らなかった。この頃、余所の外人にもてるな、と冷やかされて、時折、幾ら払ってるんだ、というようなことも言われた。外国人を雇う日本人の男の反応は、どちらかと言えばそんなものだろう。彼女達の生まれた国に行けば、大抵の日本人は女性を買うようだし、彼女達も、そういう現実を知らないわけでもないだろう。あわよくば日本人と結婚して、と思っている女性もいるに違いない。僕もそれを見て聞いて、全く知らなかったわけでもなかった。どこかの会社の四十代の男が、若い外国人労働者の女性と結婚したはいいが、というような話を聞いたこともある。だから余計に、彼女達に変な手出しをしない、というのもあった。トラブルを起こせば彼女たちは即刻会社を追い出される。彼女達は日本人のようには、就労に関して法律で守られてはいない。逆に、何にも縛られずに自由だから、瞬く間に仕事を変える人間もいるらしい。

だから外国人は信用ができない、というのは、同じ会社の人事担当の愚痴だった。どれだけ長く勤めても会社と歩み寄りが出来ずに、何らかの不祥事を起こす人もいるし、よく働くと思っていても、二ヶ月くらいで姿を消してしまう人もいる。それは外国人に限った話ではないのかもしれないが、それでも、余所の国から来た人間がやれば、元からいる僕達がそうするよりも目立つのだろう。

何とも思っていなかったはずの彼女達に、僕は少しだけ肩入れするようになっていた。人間の多様性を理解、とか、そういう難しいことはよく解らない。ただ、見知らぬ土地で言葉も通じないというのに、路頭に迷うのは辛い。あの日雨に濡れた彼女が、あのまま行き場もなく彷徨い続けたら、結果は大体見えている。それ以前に、どんなに辛かったかと、そんなことさえ思えた。誰だって、酷い雨降りに大きな荷物を抱えて、うろつくような事にはなりたくないだろう。どこの国のどんな人間だって、感じる事はそんなに変わらないだろう、確かに、日本人より感情的だが。僕はそんな風に考えるようになっていた。僕等も彼女達も同じ人間だ、言葉が通じなくても、考え方が違っても、仕事と収入がなくなれば、生きていけなくなる。それに変わりはないのだ。

 

それから、二ヶ月くらいだろうか。会社から、その国の労働者が一斉に、消えた。何でも彼らと契約していた派遣会社と会社側がトラブルを起こしたらしい。翌日からすぐ、別の外国人労働者達が、駅から出るマイクロバスに乗ってやってくるようになった。隣の会社も、そのまた隣の会社でも、同じ様なトラブルが発生したらしい。彼女達を車に乗せるどころか、挨拶する事も、姿を見かけることもなくなってしまった。人事に、何が起きたのか、と僕は尋ねてみた。担当者は苦い顔で、派遣会社がピン撥ねしすぎて、全員やめちまったそうだ、とぼやいていた。僕は呆然と、じゃあもう二度と、彼女達に会うこともないのか、と考えて、奇妙に寂しくなった。けれど周囲はというと、新しくやってきた外国人達に、仕事の仕方から社内の細かいルールまで、様々の事を教え込まなければならない、とかで、そんな様子は全く見せなかった。彼らにとって外国人労働者、だけではないだろう、会社の下っ端連中は、みんな道具のようなものだ。誰それがいなくなったと言って仕事が滞る訳でもないし、特別誰かが哀しむ訳でもない。ただ淡々と日々は経過していくだけだ。それでも、特別に寂しい訳でもなかった。ただ心のどこかで、自分は結局、その程度の感傷しか持たない人間なのだな、と、冷ややかに思った。

 

彼女と再会したのは、それから数日後のことだった。その夕暮れも、酷い雨だった。

 

週末の就業後、僕は上司に呼び出され、自分の部屋から会社に向っていた。大した用件ではなかった。事務所でホストの役割をしているパソコンの調子が悪い、とか何とか言う理由で、要するに上司がそれを上手く扱えない、というだけのことだったのだが、何しろ社用のコンピューターだ。下手に触ってデータが壊れでもしたら事だというので、帰宅後だというのに僕は呼び戻された。小さな会社の小さな事務所では良くあることだ。案の定、というべきか。僕の勤め先もそんな風に小さな会社だった。取締役から管理職まで殆ど親族で占める、部長と課長の仕事内容にあまり差もない、そんな規模だ。単に電源を落とす際にプログラムが上手く終了できなかっただけ、というごく簡単な、とは言え素人なら肝を冷やすそのアクシデントを二十分とかからず片付けて、僕はすんなり帰宅しようとした。

部屋を出る時にはくぐもっていただけの空は、その時もう泣き出していて、乾いたアスファルトの表面を青黒く濡らしていた。夕暮れの雨は視界を悪くさせる。車に乗っていれば尚更だ。点り始めるヘッドライトが雨にぬれた路面に反射されて、対向車とその間に位置する何者かを見失いそうになる。事故が多いのもそのせいだろう。やったことはないが、会社に年一度やってくる警察関係者が、毎回口を酸っぱくしてそんな話をしていた。気をつけないと路肩にいる人間を轢き殺す、大袈裟だとは思いながら何気に僕はそんなことを思い出し、案の定、対向車のヘッドライトに目を焼かれ、その小さな影を見落とすところだった。

それはフラフラと、雨の降る道を歩いていた。黒い影が人間だと解るのに時間はかからなかった。僕は驚いて、慌ててブレーキを踏んだ。細くて小さな影は、明らかに、今その道を歩いているには不自然な人影だった。そして、いつか見たように、腕に大きな荷物を抱えていた。あの子だと思って、運転席の窓から身を乗り出して後ろを見遣ると、顔も良く見えないような闇の中だというのに、僕は声を投げていた。

「こんなところで、何してるの?」

バスはとっくに会社を出ている時間だ、いや、そうじゃない。傘もささずに、でもない。確か彼女の友達はみんな、派遣会社とのトラブルで解雇されたのではなかったか。僕は問いを投げて、その場で答えと、彼女が歩いてくるのを待った。けれどいつかのように、彼女はそこから歩き出そうとしなかった。雨の降る闇の中、僕達はそうして対峙していた。言葉もなく、雨の音と、遠くを走る車の音と、それだけが辺りを支配していた。

「……何、してるの」

言葉のないのにたまりかねて、僕は重ねて問いかけた。彼女は俯いて、肩を小さく震わせた。何かあったのだとすぐに解って、僕は車を降りた。

「送るよ……駅まで、だけど……」

車に傘は乗っていなかった。だから外に出れば、当然僕も雨に濡れる事になった。彼女は俯いていた。近くまで来てやっと、泣いていることに気づいて、僕はうろたえた。

「……送るよ、乗りな」

側まで来て、僕は言葉を重ねた。彼女は首を横に振って、その小さな声で答えた。

「ミンナ、イナイ……カエルトコロ、ナイ……」

そのまま彼女はそこに座り込んだ。小さな嗚咽が足元から聞こえて、僕は僅かの間、そこに立ち尽くした。

 

他に行くあてもなかった。帰るところがない、と答えた彼女を、駅まで送ることもできなかった。いなくなったことに、そんなものかとしか感じないはずの、名前もろくに知らない、外国から来た少女だというのに、僕は彼女を放置できなかった。

彼女は、子供の頃、雨の日に出会った子犬のようだった。犬は二日とおかずに余所へやられてしまったけれど、僕はあの時、何を思ったのだろうか。その時と同じ様に、僕は彼女を自分の部屋に連れて帰った。狭くて暗くて散らかった部屋に彼女を招きいれて、バスタオルを押し付けると、そのまま風呂に押し込んだ。彼女は困惑と恐怖の混じった顔でそれを拒んだけれど、僕の腕力で簡単にそこに押し込められてしまった。暫くして風呂から水音と、彼女のすすり泣く声とが聞こえてきた。

僕は、何とも言えずに苦しい気持ちだった。こんなことをして、何になるというのか。今こうやって拾ったとしても、行く宛のない、たった一人の外国人の彼女に、何がしてやれるというのか。あの時拾った子犬のように、すぐにもここを追い出すことになるかもしれないのに。壁にもたれて座り込んで、僕はそんなことを考えていた。何をしているんだ、分別の付かない子供じゃあるまいし。それでも、そうせずにいられなかったのだ。あのまま放っておいたら、あの子には行き場所もないのだ。夜をすごすことも出来ず、所持金も底を付いて、食べることにも困るようになるだろう。病気か何かになって苦しんで死ぬか、それとも、生きてはいけても、もっと酷いことになるかもしれない。けれど今手を差し伸べたとしても、この先に、僕にしてやれることが、何かあるようにも感じられない。それでも見捨てられなかったのだ、どうしても。どうしてなのかは解らない。それなのに。

「オニーサン、シャワー……アリガト」

明かりもつけない薄闇の中で、僕はその小さな声を聞いた。顔を上げると、ユニットバスのドアの側に、彼女がいた。僕は少しの間何も言えずにその場に座っていた。そして、どうしてか少し笑いながら、ゆっくりと立ち上がった。風呂に押し込んだのは良かった、でも、着替えがなかった。バスタオル一枚きりの女の子と一緒にいる、というのは、明らかに色々と不都合だ。彼女も心細いというより、恐いだろう。部屋はあまり暖かくないから、風邪を引くかもしれない。濡れてしまって冷たくなった、自分の髪も服も構わず、僕はクロゼットに歩み寄って、できるだけ綺麗なTシャツと、まだ降ろしていないトランクスを引っ張り出して、さっきのバスタオルと同じ様に彼女に押し付けた。彼女はそれにまた、少し驚く、というか狼狽えた。

「洗ってあるから……パンツも新品だし……綺麗だよ」

困惑する大きな目が僕を見上げていた。彼女はそのまま、言葉もなくぽろぽろと涙をこぼした。

「オニーサン、ヤサシイネ……アリガト」

アリガトウ、アリガトウ、と彼女は繰り返した。僕は何も言えずに彼女を見下ろして、子犬にするようにその髪をそっと撫でた。

 

それから彼女は、僕の部屋にいた。案の定会社は彼女を解雇していて、二度と受け入れるつもりはないようだった。派遣会社側は、同時に他にもトラブルを起こしていたらしい。何度か連絡を試みたが、電話が通じる事はなかった。後始末もろくにしないで、とは、勤め先の人事の愚痴だったが、ということは相当なトラブルなのだろう。駅で数十人ほど見かけた彼等は、一体どこに消えてしまったのか。僕にも彼女にも、それを探し出す術は無かった。家族はどうしているのかと尋ねたのは、彼女が部屋に来て二日目のことだった。日本にいることはいるが、かなり遠くで、普段は滅多に聞かない地名に驚くくらいだった。家族がいるならそこに行くべきなのだろうが、僕は、そうするかと尋ねることはしなかった。出来なかった、の方が正しい。働いていない彼女にとっては、この国の中で移動することさえ大きな負担になる。両親が暮らしている土地は、鈍行電車や地元の路線バスで簡単に行ける場所ではなかった。それ以前に、もっと何か別の理由があるような気がして、何故か僕はそれに怯えていた。どうしてなのかは解らない。でも、両親のところに行くように、と、僕から切り出すことは出来なかった。

「行くとこなかったら……しばらくここにいてもいいよ」

彼女は明らかに路頭に迷っていた。拾っておいて次の朝、雨が上がったからと言って放置することはできなかった。だからと言ってずっとここにいろ、とも言えなかった。僕の言葉をどのくらい理解しているか解らない相手に、簡単に「ここにいていい」ということは、どれくらいの、何になるのだろう。何となく僕はそんなことを思った。罪か、或いは、救いになるのか。彼女は困った顔で、きっと何を言われているのか解らなかったのだろう。僕はそれに少しだけ笑いかけて、食べるものがどこにどのくらいあるのかと、キッチンと風呂の給湯器の使い方を簡単に教えた。そして、食べたいものがないなら買いに行くけれど、どうしようかと尋ねてみた。やっぱり彼女は戸惑って、いや、何かに怯える様子にそれは似ていた。捕食される小動物のような目で僕を見上げていた。

 

「何か、欲しいものは?」

「ホシイモノ……」

「食べたいものは?」

「……オカネ、ナイヨ……?」

「でも、食わなきゃ、ね」

 

そんな風にして、僕達はほんの僅かの間、二人であの部屋にいた。僕は普通に会社員なので、毎朝決まった時間に出かけて、彼女は行き先もやることもなくて、ただずっと部屋にいた。帰宅すれば当然彼女がいて、何日か目には僕を迎える様に、部屋の中から扉を開けてくれた。オカエリナサイ、と片言の言葉が聞こえて、その夜やっと僕は、いつからか見ていなかった彼女の笑顔を見た。沈み込んでいた彼女にゆっくりと、手を振ってくれた時の明るさが戻り始めていた。そのうち、声を立てて笑うほどになって、それが何だかとても嬉しかった。

だから忘れていた、いつか彼女が、そう遠くないうちに、ここからいなくなることを。解らなかったからこそ、毎朝、行ってくるよ、と挨拶して、帰った時の片言の、オカエリナサイ、を、僕達は簡単に交わしていたのだろう。いつかいなくなる事は解っていた、でも、感じていなかったのかもしれない。相変わらず僕は彼女の名前を聞かなかったし、彼女も、僕の名前を呼ばなかった。教えてすらいなかった。片言の日本語も、上手くなることもなく、毎日ずっと彼女はあの部屋に閉じこもって、だからなのか、部屋に戻ると飛び切りの笑顔を見せてくれた。そしてそれを、僕も心地好く受け入れていた。はしゃいだ声と笑顔とが、僕を癒してくれていた。

 

けれどそれも、ほんの瞬きの間の事だった。一体どのくらいだったのか、正確には思い出せない。

 

その日も、いつもと同じ様に僕は部屋を出た。言ってくるよ、と言った時、彼女はいつもと変わらない顔で笑っていた。手を振って見送られて、何だかくすぐったいような気持ちになって、そう言えば、名前も聞いていなかったな、と、間抜けな事を考えていた。

仕事も、普段どおりと言えばそうだった。工場内でちょっとしたトラブルがあって、慌てて作業着に着替えて走ったりしたが、それも一時間ほどで収まって、やれやれ、と思いながら、いつもの業務に戻って定刻を迎えた。今日は少し疲れた、帰ったらさっさと寝てしまおう、そんなことを考えながら、僕は帰途に付いた。部屋に帰る途中、少しだけスーパーに寄り道して、朝食のトースト用の食パンとマーガリン、牛乳、それに、彼女が食べそうなドライフルーツ入りのブランフレークと、目に付いた南の国の果物を少し買って帰った。彼女は喜んでくれるだろうか、何となく心のどこかで、僕はそんなことを思っていた。

いつものように部屋に帰ると、彼の、オカエリナサイ、の声は聞こえなかった。明かりの灯っていない部屋の床に、彼女は座りこんでいた。久々に中から開かなかったドアに僕は少し驚いて、テレビの前に座りこんだ彼女にそっと尋ねた。

「どうしたのさ、明かりもつけないで……具合でも、悪いの?」

言いながら、僕は部屋の明かりを灯した。彼女は座り込んだまま、僅かの間動かなかった。部屋の中は、朝出て行った時と何も変わらなかった。もしかしたらここに誰かが来て、彼女に酷いことでも、したのだろうか。そんなことを一瞬考えた僕は、それが見当違いらしいことにすぐにも安堵した。彼女は、その顔をそっと上げて僕を見た。不思議な色の大きな瞳は涙に濡れていて、泣いていたことはすぐに解った。何か、あったのだろうか。手にしていた荷物をキッチンにおいて、僕は彼女の側に歩み寄った。

「……どうかした?何か……」

「……オカエリナサイ」

真っ赤に泣き腫らした目で、彼女はそう言って笑った。そして、オナカスイテル、ゴハンタベヨウ、と拙い言葉を紡いで、そこからすっと立ち上がった。僕はそんな彼女の様子に戸惑いはしたものの、それ以上、その涙の訳を聞くことはできなかった。彼女はキッチンに立って、何も言わないまま、何かしら食べる物を作り始めた。僕はテレビもつけないで、何があったのか、どうしたのか、と、そればかりをずっと考えていた。

食事の支度の間中、彼女は何も離さなかった。僕も何も言えないまま、キッチンで起こる小さな物音をじっと聞くようにして、彼女の作ってくれる夕食を待った。僕が飼って帰った荷物は冷蔵庫にも入れられず、流しの足元にずっと置かれたままだった。生物が入っているから、とも思ったけれど、それを冷蔵庫にしまうことすら、僕には何故か出来なかった。

食事の支度が出来て、それを食べる間も、僕らは言葉を交わさなかった。出てきた夕食は彼女の国の食べ物で、普段食べつけない味がした。特別まずくもなかったけれど、味らしいものも感じなかった。前にも一度食べた事があるはずなのに、その味さえ思い出せなかった。ただ僕は、いつものように、食べる前に手を合わせて、食べ終わってからも同じ様に手を合わせた。彼女の国にはそういう習慣がないらしいが、ここに来てから覚えたのだろう。僕と同じ様に手を合わせて、イタダキマス、そして、ゴチソウサマデシタ、と、拙い片言の発音で言った。食べ終わってから、僕は恐る恐る彼女の顔を覗き込んだ。彼女は、そんな僕を見て少し笑った。そうして、オイシクナカッタ、と、どこかいたずらっぽく尋ねてきた。僕はあわてて、けれど味が解ったわけでもなかったので、そんなことないよ、と返した。それから彼女は、いつものように、というわけでもなかったが、少しの間微笑んでいた。僕は、一体何があったのか、どうして泣いていたのか、やっぱり聞くこともできなかった。普段も多くはないが、いつもより格段に口数の少ない彼女の様子を、ただ伺っているばかりだった。上手く話しかけることも出来ずに、あまり大きくないテレビを付けて、見ているふりで、ずっと彼女の事を気にしていた。

泣き腫らした目と話さないこと以外、彼女はいつもとあまり変わらなかった。彼女は食器を片付けると、僕では読めない文字で書かれた本を眺めたり、何か書き物をしたりして、時間が来ると風呂の支度を始めた。オニイサン、フロ、と声が掛かると、僕はそれに従って風呂に入り、僕が出ると入れ替わりに彼女が風呂に入った。何かあったのか、何もなかったのか、僕はそれを結局彼女に聞けなかった。

いつもと変わらないように見える夜は、いつものように更けて言った。けれど風呂から出て、ビールを飲んで、眠ろうという段になって、いつもとは全く違う夜に変わってしまった。

 

「じゃ、明かり消すよ。お休み」

いつものように、いつも通りに、僕はベッドに入った。彼女は、リビングに夏蒲団を何枚か敷いた、急作りもいいところの寝床で毎晩眠っていた。ここに来た最初の夜だけ、僕のベッドで眠って、その後もそうするように言ったのだが、彼女はそうしようとはしなかった。勿論一緒に、ということはない。いや、二日目の夜に、貴方も一緒にだったらベッドで眠る、とは言われたが、それは要するに僕のベッドで眠るのを拒むための言葉であって、それ以外の意味はないと思う。

彼女は、あれからもあまり喋らなかった。風呂から出た後にも、まるで僕を見ないようにして、また本を読んだり、何か書いたり、テレビを見るでもなく眺めていた。そろそろ寝ようか、と僕が言うのも、素直にと言うか、どこか流されるように従って、その寝床を整えたような体裁だった。

「……お休み」

その言葉にも、返事はなかった。いつもなら片言で、その挨拶が聞こえてくるのに。やっぱり何かあったのだ。思いながらも僕は明かりを消してベッドに入ろうとした。きっと問い詰めても、彼女は答えてくれないに違いない。それ以前に、お互い言葉もろくに通じないのだ。きっと上手く聞く事だって出来ない。今夜は、眠れるだろうか。思って僕は眉をしかめた。明日もまた同じ様に仕事が待っている。眠っておかなければ、朝が辛い。そもそも、僕には彼女の何事かに踏み込むような権利はないのだ。何かあって、悩んで、困っていても、きっと助ける事も出来ないのだろう。雨の夕暮れ、気まぐれに彼女を拾ったけれど、それ以上何も出来ないのと同じで。

布団にもぐりこんで、僕は溜め息をついた。何だか少しいらついていた。何にかは良く解らない。それでも、こうして身を横たえて、目を閉じていれば、体も多少は休まるだろうし、運が良ければ眠れるかもしれない。そう思いながら、僕は目を閉じた。眠らなくても、眠れなくても。いや、出来ることなら、彼女を煩わせている何物かを突き詰めて、解いて楽にしてあげたいのに。思えば思うほど、僕の頭は冴えてしまった。少し寝酒でも飲めば落ち着くだろうか。思った時、小さな声がした。

「オニーサン……」

かすれた、小さな声に僕は目を見開いた。体を起こすと、ベッドの側に彼女が立っていた。僕は驚いて、思わず言葉を返した。

「な……何……どうしたの?」

暗闇の中、彼女はそこに立っていた。ぼんやりと、どこか生気のない顔で、彼女は僕を見下ろしていた。

「オニーサン……イッショニ、ネテ……?」

細い、泣き出しそうな声が聞こえた。僕はその言葉に更に驚いて、

「一緒に、って……何、昼間、何か……」

言い終わるより先に、彼女はその顔をその手で覆った。そしてくしゃりと潰れるように、ベッドの側にくずおれた。僕はベッドを出て、そんな彼女を支えるようにその肩を掴んだ。

「何かあったのか?誰かここに来て、何かされたのか?」

出てこなかった言葉が、動揺と一緒に僕から溢れた。彼女はそのまま泣き始めて、僕はどうしたらいいのかとそこでもっと混乱した。

「オニーサン……オニーサン……ヤサシイ、アリガト……ダイスキ……」

泣きながら、彼女はそんな風に言葉を繰り返した。僕は訳が解らなくなって、そのまま彼女の細い体を抱きしめた。腕の中に納まって、一瞬彼女は驚いた。けれど僕がその髪を撫でると、すぐにもその緊張を解いて、僕の胸に顔を押し付けて、声を上げて泣き始めた。こんな風に慟哭する彼女を見るのは初めてで、どうしたらいいのか解らなかった。解らないまま、僕はその髪や背中を撫でていた。

どのくらいの時間が経ったのか解らない。泣き疲れたのか、彼女は気付くと僕の腕の中で眠っていた。僕は、どうしてかそのことにほっとして、その夜はそのまま、彼女を抱いて眠った。朝になったら、どんな顔をしているだろうと思いながら、自分も、どのツラ下げたものだろうと思いながら、でも、僕の中には苛立ちも不安も残っていなかった。照れくさそうに笑って、あの片言の発音で、オハヨウ、とでも言ってくれればいいのだが。そんな風に、どこか暢気に、簡単に、気楽に考えていた。

眠る彼女の頬にそっと触れると、その口許が少し動いた。かすかに何か言ったように聞こえたけれど、上手く聞き取る事はできなかった。少し笑ったようで、はにかんだようで、眠りながらでも、こんな風に泣いたりしたことを恥ずかしがっているのか、そんな風に思って僕は少し笑った。

朝起きたら、今度は僕が朝食の支度でもしてやろう。と言っても、時間もそんなにないだろうから、買ってきたブランフレークと果物くらいしか出せないかな。そうしたらこの子はどんな顔をするだろう。簡単すぎる朝食を笑うだろうか。それとも、アリガトウ、と言ってくれるだろうか。眠る直前、僕はそんなことを思った。そして、どこか満たされた気分だった。朝が来たなら、きっと希望に満ちていると、信じて疑わなかった。

 

目覚ましのベルで目を開けると、ベッドには僕一人しかいなかった。先に起きたのか、夜中のうちに起きて、自分の寝床に入ったのか。僕はそんなことを思って体を起こし、狭い部屋を見回した。彼女は僕より少し早起きで、目が覚めた僕を見つけると、オハヨウ、と声をかけてくれる。けれどその声も聞こえない。トイレか風呂にでも入っているのか。思って耳を済ませはするものの、物音すら部屋にはなかった。それは奇妙で、そして、ついこの間までは当たり前の光景だった。いや、その頃の僕の部屋はもっと雑然としていた。色んなもので散らかって、余り清潔とも言えなかった。室内は割合片付いていて、そして奇妙にがらんとしていた。

「おーい……どこにいるんだ?」

ベッドを出て、僕は彼女を、捜すというほどでもなく、捜した。とは言え殆ど一目で見渡せる部屋だ。捜すも何もない。彼女の姿はどこにもなかった。気配すら、というべきかも知れない。ぼんやりと、僕は部屋に立ち尽くした。そして、部屋の真ん中にあるローテーブルの上の、小さな紙片を見つけた。よろよろと歩み寄って、それを拾い上げる。くしゃくしゃになりかけたその小さな紙切れには、シャープペンで小さく、幾つかのアルファベットが並んでいた。

 

ONISAN ALIGATO DISUKI SAYONARA

 

最後の何文字かは、彼女の名前のようだった。けれど僕には上手く読み取れなかった。

 

名前を知ることもないまま、彼女は僕の前からいなくなった。それでも僕はその日、会社へと出向き、いつもの通りに働いて、多少の失敗はやらかしたけれど、二時間ほどの残業もしたけれど、いつものように部屋に戻った。何かがあったわけでもない、けれど、何もなかったわけでもない。ただそこに、寂しさだけが残った。

 

ほんのつかの間、そこにいた誰かはもういない。雨の日に拾ってきた彼女の痕跡は、その紙切れ一枚きりしか残っていない。一緒にいる、というほどにもいなかったあの子は、今どこでどうしているんだろう。あの時のあの言葉と涙は、どんな理由で、どんな意味があったのか。聞くことも出来なかったけれど。

今は、もう泣いたりしなくていいのだろうか。どこかでまた、路頭に迷って、雨に濡れていはしないだろうか。酷いやつに拾われて、酷い目にあったり、していないだろうか。また一人で、泣いたりしていないだろうか。

恋人だった訳でも、友人だったわけでもない。そうなる前に消えてしまったあの子は、今どこで、どうしているのだろう。それを思うのは、愚かな事だろうか。

アジアのどこかから来た、ろくに言葉も通じない、蜜色の肌をした、とても綺麗な子だった。名前を聞くこともなく、彼女は僕の前から姿を消した。

 

My baby 振り返ったんだ 君がそこにいるような気がして

baby 君が好きだった コンフレークとスープがころがってる

 

 

自分ツッコミ・でーきたー!!()そんな訳で「Sofa」です。でーきたー!!とか言いながら正味三日……さっさと書けよ!!()そして要らん長さになってしまいました、トホホ。最初は『フラレ男がケータイで出てった彼女に「荷物くらい取りにくんの?」とか聞いてるようなネタ』にしようと思ってたのですがそれじゃあんまりにもそのままなので『工場』を強調したらこうなりました……うーんうーん……アジア人でエキゾチックな人とは働いてないなー(待て)なのでイメージは前の職場にいた南米系の女の子です。すんごい可愛い子が一人いてさー……嘘みたいに可愛くてさー……しかも日系でやんの。さておき(待て)AFFAIR」がでこちゅー止まりだったので何とかかんとかどーにかこーにかしようと思ったのですが()出来ませんでした。いつかスガさんみたいに油ギッシュにー……げふげふ……あーでもあんまり露骨に書くと18禁サイトになっちゃうんだったよそう言えば。てかスガネタやってたら避けては通れないけど、どうすっかなー……。

 

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Last updated: 2008/10/27

 

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