スガネタ。

 

   イメージ小説「たいくつ/ゆううつ」

 

明日の朝なら空は かわいているのでしょうか

風に抱かれてぼくは 青空をとべるでしょうか

 

外ではただ雨が降っている。もうどのくらいの間降っているのか見当もつかない。でも、確か土曜までは晴れていた気がするから、三日か四日というところだろうか。三日や四日、と言っても、今日が何日で何曜日なのかも、良くわからない。カレンダーなんてこの部屋にあっただろうか?手帳も、持っていたかどうか忘れてしまった。カバンの中を覗いたら見つかるだろうか。そのカバンは、どこにあるんだろう。湿気でむせ返る部屋で、僕は思った。瞬きすると、空気の中の水分が目の表面にからみつくような、手を掻くと、何もないはずの空中に何かをつかめそうな、そんな湿気の中だ。窓でも開けたら多少ましになるだろうか。降りが酷くなければ、開けてもいいかもしれない。でもいつだったか、あまりにも激しく降っていて、吹き込む雨を防ぐためにそれを閉めたのは僕だったのだが。何だか矛盾してやしないか?そんなことを思ったまま、僕はただぼんやりと、布団の上に座っている。要するに動くことが億劫なのだ。寝ても覚めてもの雨に、気が滅入ってしまっている。外へ出られなくもないけれど、雨にぬれるのはいやだし、何かしらしなければいけないとも思うのだが、雨の音を聞いているとそれも忘れてしまう。もう何日が過ぎたのか、それさえ良くわからない。ただ、雨を眺めている。くぐもった空から落ちるしずくを、ただ眺めている。と言っても、雨というやつも、いつまででも全く同じ降り方をしているわけではない。小降りになったり霧のようになったり、たたきつけるように振ったり。くぐもった空の様子も、いつまでも薄暗いようで、実は刻々とその色を変えている。激しく降るその時には闇を落とし、ぱらぱらとわずかに水をまくその時には、かすかに光さえ見える。億劫で何もしようがなく、ただ座っている間にも、そんな変化を見ているのだ。たいくつなようなそうでないような、そんな感覚が僕にはあった。いや、座って雨と、それを落とす空とを見ている以外、何もする気にはならないのだが。

「またぼけーっとして。そんなにぐうたらしてると、カビが生えるわよ」

僕一人しかいないはずの室内で、そんな声がした。いつの間にやってきたのか、いたのは姉だった。

「何だ、アカネか」

「何だとは何よ。それに「おねーちゃん」でしょ?」

わざとらしく仁王立ちで頬を膨らませた姉は、僕を見下ろしてにらんでいた。僕はすぐにも視線を逸らし、

「何しに来たんだ?」

「あら、お言葉ね。あんたが気になって、こうやって様子を見に来てるって言うのに」

姉は、世に言うブラコンだ。最近それが顕著になった。歳が少し離れているためか、僕はいつまででも小さい子供と同じらしい。家を出てから、余計に気になるのだそうだ。とか言いながら、姉は姉でたいくつしているのだろう。先月、同棲していた男と別れたと言っていた。

「太一、あんたご飯は?」

「まだ」

「じゃあ何か作ってあげるわ。お腹すいてるでしょ」

「別に」

僕はそう言って、やっぱり雨だけを見ていた。腹がすくも何も、今日はずっとこうして雨を見てぼーっとしているだけなのだ。何もしていないのと変わりがないから、疲れもしなければ空腹にもならない。湿気のせいか、気温のためか、何もやる気にならない。脱力している、という言い方が適切なのかもしれない。元々趣味もあまりないし、テレビも見ないし、ラジオもあまり聞かない。暇をつぶすことが下手な上に、やることもなくて天気も悪ければ、日常はこんな感じに過ぎていく。バイトでもしていればいいのかもしれないが、今の僕はその宛もない。先週、短期のバイトが終わってからは、次を探す気にもなれなかった。雨の中を出かけていくのが億劫なのかもしれない。何だ、だったらこの怠惰の理由は、全部雨のせいか。そうは思っても、僕は雨が嫌いではなかった。引きこもり、と揶揄されるこんな状況に、理由がいらないからだ。

「じゃあお腹すいたら食べなさい。食べないと参っちゃうわよ、暑くて蒸し蒸して」

姉はそう言って狭いキッチンで勝手に何かを作り始めた。男と別れてから、やたらと昼休みの長いレストランで働き始めた彼女は、そのヒマに僕のところに通ってくる。本当なら今頃結婚していたかもしれないのだが、その辺のことは全く気にしていないらしい。男は逃げていったそうで、そんな軟弱男ならいらないんだそうだ。アカネは強いからそれ以上強い男なんていない、といつか言ってやったら、わざとらしく大げさに、絶対本気じゃないふざけた様子で「乙女はいつになっても強くてやさしい王子様を待ってるものなのよ」とかぬかしていた。恐れ入る。

「タイちゃーん。いるー?」

キッチンでごそごそやっている物音の向こうで、そんな声とドアの開閉音が聞こえた。僕は返事もせず、変わらずに雨の降る空を眺めていた。

「あら、カオリ、いらっしゃい」

「アカネちゃん、また来てたんだ。ヒマなの?」

「失礼ね、お昼休みよ」

キッチンの方から女二人の会話が聞こえてくる。やってきたのは従妹らしかった。一つ年下の従妹とは大学では同学年だ。しかも同じ学科で、入った当初は流石に色々ショックだった。けれど彼女の方は顔見知りの僕がいたことが嬉しかったようで、以来ことあるごとに僕のところにやってくる。何しろ同学年同学科だ。学校で鉢合わせる事もあるし、飲み会で同席することもある。勿論、二人で隣同士、なんてことはしないが、図らずもそうなってしまう事も、なくはない。従妹は、他の従兄弟連中と僕らの歳が少し離れていたせいか、昔から僕に引っ付いて歩いていた。今もってそれが続いていると言うのは問題があるかもしれないが、何となくそんな感じになっている。

「アカネちゃん、今日は何作ってるの?」

「さて、何でしょう?カオリも食べてく?」

「あたしはいい、もうお昼すんでるから。そんなことよりタイちゃん、今日も学校サボったでしょ?」

「あら、そうなの?悪い子ねぇ、太一は」

姉の笑い声と従妹の怒った声とが聞こえる。そのうち、従妹は窓の傍の僕のところへやってきた。そして隣にぺたんと座ると、

「ダメでしょ、ちゃんと来なきゃ。今週、一回くらい来たの?」

「さあ」

「さあって……どこか具合でも悪いんなら、だけど、ぴんぴんしてるんでしょ?

「まあな」

振り返らなくても、根が真面目な従妹の事だから、怒っているんだろう。とは言え父親や祖父に怒鳴られているわけでもないから、僕は痛くもかゆくもなかった。ただ、この従妹が泣くのだけは、昔から勘弁してもらいたかった。一つ年下の従妹は、親族の中では最年少で、僕が泣かせたとなったら当然集中砲火を浴びせられた。そうでなくても、お前がついていてどうしてそうなるんだ、という類のとばっちりを受けたことは一度や二度ではない。はた迷惑もはなはだしかった。最近では祖父や叔父に、変な虫がつかないか見張っていろ、みたいなことまで言われている。ちょっと待て、どうして僕がそんな面倒を見なきゃならないんだ、面倒くさい、とか反論したが、言い分を聞いてくれるような二人ではなかった。で、当人は、過保護にされていることを面白く思っていないようなのだが、それでも未だに、何をやるにしても僕にくっついている。いや、昔より多少は離れてはいるか。同性の友達も結構いるようだし、僕に全ての行動が把握できるほど、大人しくもないようだ。

「知らないよ?門野先生の単位、落としても」

「今週一回くらいなら平気だろ」

「へぇ、じゃ、来週はちゃんと学校、来るんだ?」

となりにぺたんとすわった従妹の説教は、やっぱり痛くもかゆくもない。お前その態度は、叱っていると言うよりすねてるみたいだぞ、と思ったけれど言わなかった。すねていたとしても、何をすねているのか理解しがたいところだ。まさか僕が学校で相手をしてやらないから、とか、そういうわけでもないだろうし。

「ちょっとタイちゃん、聞いてる?」

「ああ、聞こえてるよ」

それは聞いているか、という質問に対する答えではなかった。もちろん、そんなものに答える気もなかった。何しろ、痛くもかゆくもない従妹のすねた意見だ。聞いてやる必要もない。それ以前に、全身の力は抜けていたし、外の雨以外の何かに興味を持つことも出来なかった。従妹の顔は、だから未だに一度も見ていない。そのうち何かの拍子で見えたりもするのだろうが、毎日のように顔を合わせるのだ。今ここで見なくても特別構わない、そんな気分だった。

「何よ、聞こえてるのと聞いてるのじゃ、全然違うわよ」

従妹はそう言って僕のそばを離れた。立ち上がるときの僅かな物音と、回りの温度がかすかに変わるのとで、それは容易にわかった。そしていつものように、従妹は姉に愚痴をこぼす、と言うか甘えに行くのだ。何しろ、親族で最も幼いのだ。回りは彼女を甘やかす。姉もしかり、だ。毎度のような憤りの言葉に、同意したり困ったり、あの姉の事だからそれもからかい半分に違いないが、二人は仲良くやっている。もしかしたら二人とも、僕をおもちゃにして二人で遊んでいるのかもしれない。でも今日は、そのことに腹も立たなかった。毎度のことでもあるし、何しろ僕にはそう言う気力がなかった。ただぼんやり、長雨にだけ心を傾けていたいような、そんな気だるさだった。キッチンでは女二人が、僕に対するいやみや陰口(聞こえているのでそれもいやみだが)をさも楽しげにこぼしている。すっかりなれてしまっている僕は、それさえも雑音のように聞き流して、ただ雨だけを眺めていた。何かする気にもならない。眠るにしても、眠れないほどに充分な睡眠はとっている。食事をする気にもならない、テレビもつける気にならない。出かけようにも、雨が降っている。雨はキライではない。こうして怠惰に過ごす事に、理由がいらないからだ。でも、雨にぬれるのは好きではない。方をぬらして体を冷やせば、風邪をひく事は必至だからだ。

「こんちわー」

玄関から、また別の、今までのものよりやや低めの女の声がした。それまで二人で楽しくしゃべっていた女達の意識は、瞬時にそちらに向けられる。

「あらサトミちゃん、いらっしゃい」

「太一は?」

「奥でぐうたらしてる」

声は、先客の二人よりずっとクールだった。僕はちらりとそちらを見やり、やってきた幼なじみに意識を向けた。幼なじみは、やはり同じ大学に通っている。学科も違えば学年も違う。近所に家族と住んでいて、時々、ここにも顔を出す。とは言えあの二人よりも、僕には興味がないらしい。いつだったか「あんたには黙っとくわけには行かないから」と言っていたが、男には興味があまりないそうだ。幼なじみは表面的にはごく普通の女だったが、その恋愛志向は同性にしか向かない、特殊な性癖の持ち主だった。世に言うレズというヤツだ。最近は百合、とか言う隠語で呼ぶらしい。

「よ、元気?」

いつものように幼なじみも、僕の顔を覗きにすぐそばまでやってきた。顔を上げて声をかけると、呆れ顔で彼女は答えた。

「そりゃこっちの科白」

そいつの目的は、勿論僕ではなかった。僕に挨拶めいたことを言うと、今通り過ぎてきたキッチン辺りをしきりに気にしていた。

「そんなに気になるなら、向こうにいればいいじゃんか」

からかい気味に言うと、彼女はちょっとあせった様子で、

「そ、そういうわけには……だってここ、あんたの部屋だし」

「だから何?お前が会いに来てんのは、俺じゃなくて……どっちだよ?」

何とも、癪な話だった。幼なじみはちらちらと後ろを見ながら、

「いや……どっちにも絞れないって言うか……か、カオリちゃんは可愛いし、姉さんもかっこよくて……」

何とも優柔不断なことだ。呆れる上に恐れ入る。しかもこれが、姉のような冗談交じりでないと言うのだから、全く以って何ともはや、だ。

「悪いけど、人の部屋でそういうことで悩むの、やめてくれるか?」

「ええっ、で、でも!ここ来ないと姉さんにもカオリちゃんにも会えないじゃん!そんな殺生な」

何が殺生だ、と、あわてる彼女に僕は心の中だけでツッコミを入れる。お前がしていることのほうがよっぽど殺生だ、と一体何度言ってやろうかと思ったか。思いながら僕は笑っていた。それは彼女をからかっているからではなくて、そういう顔をしているしかないからだった。幼なじみの彼女は、従妹に次いで僕に引っ付いて回っているような、そういうやつだった。僕と彼女は本当にただの幼なじみで、小中高と同じ学校に通っていて、母親同士も割と仲がいい。腐れ縁というヤツで、とは言え大学進学についてはその腐れ縁も裂けかかった布のように、何とか糸が数本つながっているような状況だった。腐れ縁をつなげ続けるために、同じ大学に行こうと思ったのは僕の方だった。それで、一年ふいにした。そうまでして何とかつながりを持っていたいと言うこちらの思惑は、相手には全く意に介されていないらしい。ある意味、この間柄はしんどかった。けれどそれでも、と、僕は彼女の事に関して何も譲れないし妥協出来ないでいる。たとえここに来るのが、姉もしくは従妹目当てだとしても、だ。

「ここはレズのための逢引場所じゃねーぞ」

「そ、そんなこと言っても……だってよそで影でこっそり見てたりしたら、アヤシイの丸わかりじゃん。あんたがいるから何の気なしにあの二人の近くに来られるんだから」

「人をそういう出汁に使うな」

しかも健全、とは言いがたいがそれなりに普通の青年男子を。思うと腹も立つ。それでも、尋常でなくとも真剣な彼女を見ていると、酷い仕打ちをすることも出来ないでいる。これが、惚れた弱みというヤツかもしれない。情けない話だが、姉や従妹と楽しげに幸せそうに話すこいつの顔を見るのが、実はキライではない。むしろ、こちらに向けてくれたらどんなにいいだろうと、羨望のまなざしで見つめてしまうくらいだ。

「サトミちゃんも何とか言ってよ、タイちゃん、今週一回も学校来てないんだよ?

そんなことを言いながら、従妹はアイスティーの入ったグラスを持って僕らのところにやってきた。トレイに乗っているのは二人分、ということは、僕の分はないと言うことか。幼なじみは憤る従妹を驚いた様子で見やると、

「え、そうなの?

「こっちは心配してやってるのに、ぜーんぜん言うこと聞いてくれないし」

ぷくっと頬を膨らませて、従妹は僕をにらみつける。僕はまた雨を眺め、そうしながら、戸惑いながらもややはにかんだ幼なじみを盗み見していた。

「まあでも……太一は昔から、こんな感じだから」

「サトミちゃんまでそんなこというの?って言うか、ダメだよタイちゃん甘やかしたら!付け上がるだけなんだから」

「誰が甘やかされて付け上がってるって?」

僕はその言葉に流石にうんざりしながら、やたらに憤る従妹を見ずに言った。従妹は更に激昂して、

「何よ!こっち見もしないで!人と話す時には顔ぐらい向けなさいよ!

「うるさい」

そのうち、きーきーと金切り声を立てて怒り始める。あはは、と幼なじみは参ったように乾いた声を立てて笑い、そのうち、従妹はまたキッチンへと歩き去る。遠ざかる背中を見て、幼なじみが言った。

「いいなぁ、太一は」

「……何が」

「カオリちゃん。構ってくれって一生懸命で」

「……何だ、そりゃ」

何とも切なげな顔で幼なじみが言う。キッチンでは、金切り声で従妹が姉に告げ口している。

「可愛いじゃない……何かこう、持って帰りたい感じ」

「……持って帰りたい感じ?

「あんた、あれ見てなんとも思わないの?

どこか悔しげに彼女は言う。何を思えと言うのか。同性愛志向の人間と同じ様に、というのは、いくら何でも無理があるだろう。何となく頭が痛い気がして、僕は溜め息をついた。持って帰りたいとか、帰したくないとか、それは従妹に対して抱く感覚ではない。ついでに言うと、これは普通なら、従妹に対して感じる嫉妬ではない。腹が立つのは、従妹よりもこの幼なじみだ。こんなにも僕の近くにいて、何も感じていないのか。

「サトミ、お前」

「何?」

ここへ来た時の幼なじみは、あの二人がいると半ば夢見心地だ。僕が見ていることにも気付かず、二人の方ばかりを見ている。

「いい加減、ここにあの二人目当てで来るの、やめろ」

「なんで?いいじゃん、知らない間柄じゃないんだから。それに、カオリちゃんは運が良ければ学校で見られるけど、アカネ姉さんとはなかなか会えないのよ?ここ以外じゃ」

相手は女で、しかも一方的に二股。しかもこいつは気が多い。多分よその誰かにも、こんな風に懸想しているに違いない。どうして自分は、よりによってこんなのがいいのだろうか。思うと、げんなりしてくる。しかも、

「でもそうだよね……太一になついてるって言うか、カオリちゃんは太一しか見えてないもんね……何だか、戦う前から負けてる感じだなぁ」

「……は?

わけのわからない、というより、理解しがたい言動で、気安く愚痴をこぼす。そして無防備にも、目の前で寂しい顔までする。こちらを向いてではなくて、勿論、姉か従妹か、どちらかを見ながら。

「アカネ姉さんにしても、太一太一ってさ。あたしなんかオマケだもんね」

「お前……普通はお前の方がおかしいだろ」

時々、その言動にこぶしを振り上げたくなる。殴れば、気も晴れるだろうか。けれどそんなことをするわけにはいかないし、したいわけではない。殴ったところで状況は変わらないし、些細とは言えこの幼なじみとの間に、変な確執やわだかまりを作りたくはない。けれどそんなことも、彼女は解ってはいない。解らせる事は出来なくもないだろう。でも、それを出来ないほどに僕は臆病だった。来るなと言いつつ締め出さないのは、その来訪を待っているからだ。どんな理由であれ、ここにこうしてやってくる事を、望んでいるからだ。

「せめて太一があたしの目の前では、カオリちゃんに変な事しないでくれればいいんだけど」

「変なことって何だよ」

従妹が僕になついている、それが世に言う恋情なのかもしれない、ということは、解らなくもない。けれど従妹は僕にとって従妹でしかなく、従妹としてそれなりに大事だとは思っている。変なことがどのテのことなのかは解らないが、下手な手出しも、姉と幼なじみがいては出来ないし、ましてそんな気が起こるはずもない。

「太一、ホットケーキ焼いたけど、食べる?

何だかむしゃくしゃしていると、姉がキッチンからこちらに顔を出す。僕はふて腐れて、

「今はいい。腹減ってないし」

「あら、そう。じゃ、サトミちゃんは?

「え?あ、食べたいです!!

にっこりと姉がこちらを見て笑っている。跳ねるようにして立ち上がり、幼なじみはやたらに嬉しそうに、そのキッチンへと跳んで行った。見送ると、顔を覗かせた姉が、意地悪く笑って言った。

「あんたも不憫なコね」

「……不憫かよ」

「そうよ。本命には、全く振り向いてもらえないんだもの。不憫じゃない?いつまででもずーっとオトモダチ、なんて」

優しい、弟思いの度が過ぎる、そんな仮面をかぶった姉の根性は、多分ねじくれている。勝ち誇った顔で笑って、姉は演技がかった大袈裟な身振りと口振りで言った。

「寂しかったらお姉ちゃんがそばにいてあげるから、すねないでね」

「……誰が」

「ほら、強がり言わないの。ね?

キッチンでは僕らを無視して、幼なじみと従妹が姉の作ったホットケーキを食べて何やら騒いでいる。僕はふて腐れて、にらむように姉を見ていた。

「アカネ」

「呼び捨てにしない。アカネお姉ちゃん、でしょ?」

「もう来るなよ、鬱陶しいから」

「やーん、酷ーい。ねえちょっと二人とも、聞いてよ!

姉はそういうと、僕に言われた言葉をそのままそこにいた二人に告げ、酷いでしょ冷たいでしょ、とやり始める。とたんに、狭いキッチンは騒がしくなって、僕は更にうんざりした気持ちになった。

外では、相変わらず雨が降っている。やむ気配は感じられない。一人静かに、雨を眺めて怠惰にすごすこともできずに、僕はこんな風に、雨の日を過ごしている。

「太一!あんたせっかくお姉さんが構ってくれるって言うのに、そういう言い方するわけ?」

「でしょでしょ、サトミちゃん、もっと言ってやって!

「でもカオリは、アカネちゃんはちょっと過保護だと思う」

「あら、カオリこそ、ちょっと太一に甘えすぎなんじゃないの?」

「そ、そんなことないもん!あたしだって、タイちゃんのこと心配だから見に来てるし、学校でも一緒にいてあげるんだよ?今日だって……あー!!

「あーって、何?カオリ。どうかしたの?」

「もうこんな時間!午後からの授業に遅れちゃう!!

「カオリちゃん、良かったら、あたし車だし、送っていこうか?」

「えー、でもサトミちゃんは?時間、いいの?」

「今日は午後から休講だし、暇でもなきゃこんなところにも来ないから」

僕にとってはどうでもいいようなことで、女達は騒ぎ始める。そのうち、従妹と幼なじみはばたばたと慌しく部屋を出て行った。部屋には姉と僕とが取り残されて、それまでとは打って変わった静寂が訪れた。

「あーあ、何だか急に寂しくなっちゃった」

出て行った二人の背を見送るようにして、姉が言った。僕は同じ場所に座ったまま、二人の去った部屋の中を何気に見た。確かに、寂しい感じはした。けれどこれが本来のこの部屋なのだ。感じはしても、いてもたってもいられないわけではない。姉は、やっぱり意地悪く笑っていた。そして、さっきの言葉を繰り返すように言った。

「本当に不憫ね、あんたは」

「ああ、そうかい」

「かわいそうだからお姉ちゃんが、もうちょっとだけ、一緒にいてあげましょうね」

「余計なお世話だ」

にこにこと笑う姉に、僕はそう言ってやった。そして雨を見やると、姉はそばまでやってきて、僕にもたれるように隣に座った。

「また、そういう強がり言って。いいのよ?二人っきりなんだから、もっと甘えても」

「アカネ、お前仕事は?」

「だから、もうちょっとよ。もうちょっとだけ太一クンと遊んだら、またすぐ行っちゃうけど、また明日来てあげるから、寂しくないわよ」

やたらと嬉しそうな顔で姉は言った。僕はもたれかかる姉を振り払いもせず、言葉だけを返した。

「そんなんだから男が出てっちまうんじゃねえの?

「失礼ね。ほっといてよ」

 

空からおちた水は どこへいくのでしょうか

緑の森の下で かくれているのでしょうか

 

 

 

自分ツッコミ・というわけで梅雨ネタということでこんなん出来てみました()すぐ脱がせて破いて捨ててないですね……今までのものと比べると比較的健全ですが一部百合ですかうわー(自爆)今回は「怠惰だけどやりきれないけどでも怠惰」な短篇にしてみました。いや歌詞まんまだとモテモテ君書かなきゃいけないと思って、でもそれもなんか飽きちゃったので。ってあんまり書いてないですが。最低の三角関係を見ている最凶の姉、みたいな小噺。でもって一番のお気に入りは最凶の姉です()やっぱりそうなるか自分……。

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Last updated: 2006/07/01

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