Tea for Two

―二人でお茶を―

 

第六話

 

それから二回ほど、私は宮本さんの仕事場にお邪魔をした。ただ見学しているだけの私を、一緒にいるアシスタントの二人(私より年下だった)は時折怪訝そうに見ていたけれど、それはとりあえずは無視していた。三回目には、でもやっぱり見てるだけじゃ難だな、と、思って一応差し入れに、買い物用かばんにいっぱいのおにぎりと、普段飲み用のお茶などを持参すると、難なく、私たちはすぐにうち解けてしまったのだった。

「ええええ!あのホームページ、松川さんが作ってたんですかぁ?チーフがすっごいほめてたから、一緒に見てたけど……へぇ、そうなんだぁ」

四回目、顔を出したらその話題が出た。宮本さんは、これでゲットも間近よね、と妙にうれしそうに言い、アシスタントの二人は、じゃあ松川さんは、これからはお客さんじゃなくて後輩だぁ、と、うれしそうな彼女の様子を眺めながら口々に言った。同時に、あの人仕事の鬼だから、ついでにここ、安月給よ、とも耳打ちされた。会社のほうは、と言うと、その頃には私の退職はすでに、事実ということで社内にすっかり広まっていた。

 

「転職ってぇ……ばらさない方が良かったですかぁ?」

事の成りゆきでしゃべっちゃいました、とは、あゆみちゃんの弁だった。それでまた少々ごたごたあったりしたのだけれど、とにもかくにも、その辺も大きな騒ぎにならず、何とかクリアした。私を「お気に入り」の課長やその他社員の方々は残念がり、嫁に行くんじゃないのか、との声も上がり、パートのおばさまからはやや強い風当たりで……でもそれも、過ぎてしまえばきっと思い出になるんだろう。確かに気分は良くないけれど、今まで、こんなものをよけて通っていたばっかりに、私はいいこをしていなければならなかったし……逆にそのおかげでいいこでいられたのだけれど。でも土壇場で悪い子になったら、それはむだだったということ、かな。やめるんですね、と意地悪く言った後輩園山さんは、しばらくの期間何だか恐い目で私を見ていて、それを何気に訴えたりしたら、

「どうせ去る場所なんだから、多少悪いことしたって大丈夫ですよ。引き継ぎさえしっかりしてくれれば」

と、新垣さんは笑って言ってのけた。山内さんの時うまく行ってなかったから、それを懸念してるんじゃないですか、と笑って言ってくれたけれど、そんなものじゃないような気が私にはしていた。

「そんなこと言ってたら松川さん、会社変われないじゃないですか!いまさらぐずぐず考えないほうがいいですよ?」

そういって彼女は豪快に笑ってくれた。そして時々メール送りますね、と、その後後輩らしい言葉を付け足したりもした。

 

それから、今までの会社と新しい仕事とでバタバタしている間に、何故かまた、ゆかこさんから連絡があった。何についてかは言わずもがな、の、お見合いの話だった。

 

「だから、私結婚する気もないし、男の人ともおつきあいする気も、今は全然ないから」

そう電話に向かって言うと、背後で妹が、わー、はっきり断ってる、と、変に驚いてつぶやいているのが聞こえた。その傍らで母は、成長したのね、と、いつもの淡々とした口調で感想を述べる。何故かまた家に来ていたカヅユキは、いろいろあったからねぇ、と、変に納得している様子で……見ていて楽しいのだろうか。私とゆかこさんの電話を始終そばで聞いているみたいだった。ゆかこさんは、だから私もそう言ったのよ、でも、どうしてもあちらさんが会いたいっておっしゃって、と、きっぱり断っているにもかかわらず、全く応えてもいなければ、聞いてくれてもいない様子だった。私も、お断りしようと努力はしたのよ、と、おっとりした口調でゆかこさんは続けた。

「でもねぇ、何だかとっても情熱的で。どうしても、もう一度だけ会って話がしたいって、そうおっしゃるのよ」

「……もう一度?」

その言葉に、私は首を傾げた。何、新規のお見合いの話じゃないの?と言ったのは妹で、母とエセイトコは変な顔をしてお互いの顔を見合わせていた。それで断り切れなくて、と、ゆかこさんは心底困ったように言った。ひなちゃんが自分できちんとお断りしたって聞いていたから、本当にびっくりしちゃって、と言った声も、ほとほと困り切った様子だった。

「好きになっていただくのはいいけれど……ストーカー?ああいうふうになられたら、大変だものね」

いいわ、おばさんもう一度電話して今度こそきちんとお断りするから。ごめんなさいね、と言ってゆかこさんは電話を切ろうとした。

「ちょっ……ちょっと待って!」

瞬間、私の口からはそんな単語が飛び出していた。それによって、デバガメの三人は、さらに驚いたようだった。私は、けれどそんなことにかまっている余裕も何もなく、一体どういうことなの、と、改めてゆかこさんに問い質してみた。ゆかこさんは困った口調のまま、野沢さんがね、と、その名を口にして、こう言った。

「どうしてももう一度会ってお話がしたいって、おっしゃってるそうなのよ」

それはやはり、彼のおばさまという人を介してのことで、本当に礼儀正しくていい方なんだけど、しつこいのはねぇ、と、ゆかこさんはその事実を述べた後、とても個人的な意見を付け足した。

 

その人に呼び出されたのはこれで四回目、ということになるのだろうか。それまでと同じように約束は、私の伯母であるゆかこさんと、その人のおばさまとの間で交わされ、何だか少し現実味がないような気がしていた。直接連絡してくることは、あの人ではきっとありえないなぁと思いながら、約束の場所に少しだけ早くついた私は、彼が現れるのをその場所で待っていた。変な話だ。お見合いを断られた人が、食い下がるように会いたい、なんて。それ以前に、自分でことわったくせに結局会う約束をしている自分も、何だかおかしいと言えばそうだった。ぜひに、と言うから仕方なく、ではなくて、それは純粋に興味だったのかもしれない。ふられたくせに会ってくれ、だなんて。いや、違うかな。どうしてそんなふうに言うんだろう、かな。とにかく私はそれをいぶかしく思いながら、それでもそんなにいやな気分にもならずに、彼が来るのを一人で待っていた。途中、どうして寄ってくるのかわからない男の人もいて、それに少しだけいらいらしたりしながら。強いことを言って撃退?してないわよ。だって、怒らせて刺されたりしたら恐いじゃない。でもそれは決して愛想よく笑って適当に受け流したわけでは……それに近いものもあったかもしれないけれど。

少し遅れてやってきた彼、野沢さんはずいぶん走っていたらしく、肩ではあはあ息をしながら、すみません、ちょっと迷ってしまって、とすぐさまぺこりと頭を下げた。そしてはあはあ言いながら顔を上げると、上気した顔でいつもの営業スマイルを浮かべ、じゃ、行きましょうか、と私に言った。でも私は、いえその前に、とそこで野沢さんを制して、

「このお話は、前にきちんとお断り……しましたよね」

と、その場で彼に切り出した。野沢さんははあはあ言いながらしばし不思議そうに首を傾げ、ややもして、今度は困ったようにその場で笑った。それは営業用ではなくて、明らかに素の笑みだった。

「いえ、そういうのじゃないんです。あれ?おかしいな……ちゃんと話が伝わってなかったのかな」

そう言ってまた彼は笑い、とりあえずここじゃあ難ですから移動しましょうか、と私を促すように言った。じゃあ一体なんなの、どういうこと、と思いながら、私は彼に促されるまま、ゆっくりとした歩調で彼の後について歩いた。

 

あれからどうしてか、僕もよく見つけるようになって、と、彼はその店を指し示して私にこう言った。それは、初めて見る個人経営の、あまり大きくない喫茶店だった。最近では珍しく、看板に「純喫茶」と書かれていて、店舗は、大正後期から昭和初期ごろの和洋折衷の木造建築を模した感じ……モダンな感じ、とでも言うべき作りだ。その作りにあわせての看板かもしれないな、と思っていた矢先、彼の質問は飛んできた。

「あの純喫茶、というのは、何なんでしょう。お茶しかないわけでもないですし」

かつて喫茶店というところは、お茶を飲むところではなくて、そこで働く若い女性達とお話する場所でもあり、言ってみればキャバクラのような場所だった時代があった。それが大正時代に流行したいわゆる「カフェー」のスタイルだ。それに対してそういったサービスの付随しない、単にお茶を飲む場所を純喫茶と呼ぶ、ということなんですよ、と私が一通り説明すると、ああ、そうなんですか、知らなかった、と彼は感嘆の声でそう言った。そして、

「……もしかして、ここ、知ってました?」

何だかばつが悪そうな顔になって、野沢さんが問いかけてきた。私は、いいえ、初めてです、と返し、

「こんなお店があったなんて、全然気がつきませんでした」

と言って、心はもう、お茶にだけ向かっていた。メニューは、小さなお店ながらなかなか請った内容だった。コーヒーは水出しまでもがスタンバイされていたし、紅茶は、常時五種類に、時々「今日の紅茶」として何種類かが上げられているらしく、ラミネート加工された手作りのメニュー表にはその部分だけ上から紙が張られる格好で、その今日のメニューが記されていた。わぁ、ウーロンのアールグレイだ、と、その「今日の紅茶」メニューでそれを見つけてしまった私は早速それを頼み、このお茶があるお店って珍しいんですよ、と、聞かれもしないのに彼に説明したのだった。

「よくこんなお店、ご存じですね」

私は、お茶が出ると本当にそれにばっかり気が行って、最初の目的、どうして彼が私をわざわざ呼び出したのか確かめることなんかは、もうすっかり忘れていた。野沢さんは平凡なホットコーヒーを頼んで、おつまみのピーナツを食べながら、

「たまたま、近くに仕事できたんです。そうしたら、あなたのことを思い出しまして」

変わった店の外見に、何だかよくわからないけれどびっしりと飲物のメニューで、そういえばこういうのが好きな人がいたと思ったらあなただったんですよ、と、何だか少しややこしい日本語で彼は言った。そして、

「でもおかしいですよね、僕とひなこさんは……ぶっちゃけた話見合いしてふった人とふられた人なんですから。だからどうしようかと思ったんですけど……」

それでも、もし知らないなら教えてあげなきゃいけないと思って、と、苦笑しながら彼は言った。運ばれてきたウーロンのアールグレイは、いつもなら飛びつく私に無視されたままだった。このときばかりは、私はお茶より彼に興味があって、それどころではなかったのだ。

「何か変ですよね、本当に。ただ……また会えたらいいな、と思って……この間みたいに」

どこまでいっても彼は丁寧で、そして営業が抜けていないようだった。これは半分接待なのかしら、とも思いながら、私はようやくお茶に口をつけてみた。往生際が悪いって、このことですよね。いや、でも、仕事柄、粘りぐせもついてまして、と、照れて困ったそぶりで彼は言った。要するにこの人は私に、未練があるということ……なのかしら。私は彼を値踏みするようにして伺い見ながら、無言でお茶を飲んだ。彼は柔らかく笑ったまま、不意に言った。

「お茶、おいしくないですか?」

「……え?」

「いや……前はもっとこう……いえ、いいんですけど」

彼はそういうと、自らもコーヒーに口をつけた。そしてそれから、はー、と一つ大きく息をついて、言った。

「ご迷惑だろうなとは思ったんです……でも、知らない人じゃないから、もし知らないなら、お連れしたくて……ああ、ことわられて、怒っているというわけでもないんですよ。僕もおばによく見合いはさせられていて、しょっちゅう断ってますし……一生問題ですからね、ああいうのは。だから、その……」

彼は私がその理由を問う前に、自分からそれを話し始めていた。何だか少し焦っているようなあわてた表情を見ながら、言いたいことが出てくるのを私は待った。

「ええとですね……適当な言葉が見つからないんですけど……」

「はい?」

「……茶飲み友達、っていうのは、どうでしょうか」

てへ、と、とてつもなく恥ずかしいのを隠すために彼は笑った。私はそのてへ、と、茶飲み友達というネーミングにちょっと驚いた。今時、こんなことを口に出して提示する人も、そんなにいるものじゃないだろう。改めて聞くと恥ずかしいようなその言葉を、言った本人は変な言い方ですね、と自分で先にすんなり認めてしまった。ふつうこの場合、お友達から始めましょうとか、そういう言い方をするのではないだろうか。と言っても、私とお友達から始めて、その次のマイベターハーフになろうとした多くの男の人は、友達扱いされ続けるのがいやになって、とっかえひっかえ、じゃない、次々に来ては去り、来ては去り、だったのだけれど。

「っ……ああ、や、やっぱり、いやですよね。僕もどうかと思ったんですよ。いやいいんです、そんな……ふられておいてこういうのも……どうかと……ストーカーですね、あは、あはは」

じゃ、僕はこれで、と言って、コーヒーカップも空けないまま、また彼は伝票を持って立ち上がろうとした。私は、目の前で勝手に流れていく速回しのビデオにも似た出来事にちょっと着いていけず、危うくまた彼におごらせるところだった。はっと我に返ってそれを制して無理矢理その小さな紙切れをむしり取ると、

「ああ、今日は私、払いますから!」

「いえ、でも……呼んだのは僕ですし……」

「いや……そうじゃなくて」

気がつくと自分も同じペースであわてていた。二人してその場に立ち往生しておろおろやっていると、店内のそんなに多くない視線がこちらに集中し、中から、お二人さん、ケンカかい?やめときな、犬も食わないよ、てな具合に冷やかしが降った。うわ恥ずかしい、と思ったときにはもう遅い……耳まで真赤になったであろう顔で、私はそこに今一度すとんと座った。彼も真赤な顔で、す、すみません、と言って同じに、目の前に再びおさまった。それから、しばらく私たちは沈黙した。視線はずっとカップの上をさまよい、私は、どうしたらいいものだろうとずっと考え続けた。ことわった見合いをぶり返された、と言うのは、確かにあんまり気分のいいことではない。ストーカーみたいですね、という彼の言葉は言い過ぎだけれど、これ以上つきまとわれればそういう結果も招きかねない。でも、お見合いができる人なのだから(どういう基準か自分でもよくわからないけれど)そんなことをするような人ではないだろう。私のハートにクリティカルな喫茶店を二件も探してしまうような人だし、知らない相手ではないからと言ってわざわざ連れてきてくれるような人だし……こんなに人が良くて、営業なんてよくできると思うけれど、逆にしてみたら、彼にならだまされないような気もするし(何だか誠実だし)……茶飲み友達、だって。私はまさに茶乱で、お茶をしている時は本当にそれしかなくて、友達も家族もみんなあきれるくらいだから、もっと理解してくれる人が本当はほしいのだけれど……何ともはや。そうして黙っていると、あの、と、おずおず、野沢さんが再び口を開いた。

「ここは、払います……お詫びですから」

「おわ……お詫びって……」

「恥ずかしい思いをさせたし……呼び出したのは僕なんですから」

「いやそれは……何か違うような……」

「いいえ、そうさせてください。けじめですから」

彼はきっぱりと言い、再び伝票に手を伸ばした。そして、その場で頭を下げると、本当に申し訳ありませんでした、と、真摯な態度ではっきりと言った。申し訳ないなんて、そんな……と言い終わるより前に彼はまた立ち上がる。見上げて、口が空回りした。と言うか……言葉が続かなかった。何を言おうかと考えて、一瞬迷って、それから、私は思わず言った。

「ち……チャイナティーとか、お好きですか?」

「はい?」

「ああ違う……お茶じゃなくて……お昼ご飯!そう!中華!」

野沢さんは目を丸くさせ、ええ、きらいではないですが、とやや間抜けな顔で答えた。私はそのすきに立ち上がり、

「この近くに、おいしい中華のお店があるんです!お茶もスウィーツもおいしいんですよ!い……行きませんか?飲茶しに」

本当にもう、お茶はいろいろあるし中華のおやつっておいしいんですよねっ、と、力一杯私は言っていた。何かもう、これは飲めるの、って変な匂いのお茶もあるんですよ、と力説する頃には、私は自分が何をやっているのかさっぱりわからなくなっていた。そして我に返った頃、野沢さんはくすくすと笑っていた。いつぞや、私があんまり夢中になってお抹茶を飲んでいたときに見せた、あの時と同じ表情だった。

「本当…お茶が好きなんですね。いいでしょう、お供しましょう」

「ええそれはもう……茶乱ですから!」

自分で言ってて何だかなあ、と、私は思った。茶乱ですか、それはすごいな、と言いながら野沢さんは、やっぱりずっと笑っていた。

 

「松川!山手喫茶のメニュー原案!」

「はっ……はーいっ」

そして私は転職した。宮本さんの小さな事務所で事務兼デザイナーの卵、のような仕事を始めた私は、やっぱり好きだけじゃやっていけないその仕事を、それでも嫌いなのよりずっといいなと思いながら、ひーひー言いながら日々こなし続けた。仕事は、前に比べてかなり大変だった。その上、お給料も安い。でも好きなことにからんでいる分、充実感はひとしおだった。

「マツさーん、パソコンがおかしいよー、見てー」

「ちょっ……ちょっと待ってーっっ」

デザインはできてもパソコンは初心者の、最近珍しい先輩二人はことあるごとにこんな具合で、当分落ち着けることはなさげだった。誰かさんにボランティアで先生でもやらせようかと思うくらいだ。自分の仕事が片手間で、おかけで毎日宮本さん、チーフに怒鳴られっぱなしである。

「松川、とろい!あんたが早いの買えって言ったからプリンタ変えたんでしょ!さっさとやる!」

私、ここでうまくやっていけるんだろうか、と思いつつ、時は流れるように過ぎ、ストレスを貯め込むターンも早くなり……お茶を飲んで解消する日々も、増えてしまった。でも。

 

「……ここ、一応バーなんだけど」

「でもメニューにお茶がのってるもの。言ったでしょう?私は茶乱だ、って」

「一人で飲めって?」

その人は、いい加減私の茶乱さ加減にあきれ始めていた。明日はそろって休みだから多少遅くなっても平気、と言うと、たまにはアルコールの飲めるところへ行こうと言うので、こちらがつきあうためにその店に連れていったと言うのに、だ。

「だって、茶飲み友達って……言ってたでしょ?最初に」

「ま……そうだけど。本当にお茶ばっかりなんだね」

「大人の男の人には手持ち無沙汰かしらねぇ?」

「……別に」

やや意地悪に言うと、彼はちょっとふてくされて、一人グラスビールを飲んだ。私はそのとなりでふふ、と笑いながら、いわゆるアールグレイインぺリアルというお茶を口に含んだ。これはダージリンにね、という話をし始めると、先に彼が言った。

「ダージリンにベルガモットオイル、だろ?前にも聞いたよ」

本当にお茶ばっかりなんだから、と言った彼の目はすっかり疲れていた。けれど私は全く構わず、そう、そうなのよ、と言い返して、天にも昇る気持ちでお茶を飲み続けた。

「あー……おいしい、幸せ。もういっぱい飲もうかな?」

「……はいはい。そんなに飲んで、眠れなくなったらどうするの?」

子供をあやすように彼は言った。私はえへへ、と笑いながら、

「眠らない。だめ?」

「……つきあって起きてろって?無茶苦茶だよ」

「平気よ。あなたの分も頼んであげるから。明日はお休みなんでしょ?お茶飲んで仲良く貫徹しましょ」

しょうがないなあ、と彼は言った。そしてカウンター席からそのまま中に声をかけ、ゲリエ、と言うと、その「戦士」という名のカフェインのきつい紅茶が運ばれて、彼は自らポットからカップに注いだ。見ているだけで、私はどうしても笑ってしまう。

「うふふふふ」

「……何?これも飲むの?」

たかがお茶でここまで来たか、というくらいのハイテンションの私を、彼が無気味そうに見ていた。また後で飲もうかな、と答えると、あきれながらも彼は笑った。

「でもたまには、漬物つまみに日本酒も飲みたいなぁ」

「野沢さんの趣味って、渋いって言うか、オヤジ」

酔っ払ってもいないのに、私は酔っ払い同然で彼を評した。お茶も、半発酵茶が好きだしね、と言うと、そういうもんかな、と答えて彼は笑った。

「こんなにかわいいのに、彼氏が次々と逃げていったっていうのが、よくわかる気がするよ」

「あ、何その言い方、失礼じゃない?もしかして逃げるつもり?今夜はとことんつきあわせるわよ?貫徹してお茶飲むんだから!」

「……何だかなぁ」

世の中いろいろあるけれど、とりあえず私は元気だった、前より充実して、うれしいことがたくさんあって、かなり仕事はハードで日々ぐったり疲れるけれど、何だかようやくマイベターハーフ……というか甘やかしまくりの彼なんかをがっちり捕まえて……えへへ。

「じゃあこのまま、うちでお茶にする?つまむもの途中で買って」

「野沢さんの部屋で?……変なことしない?」

「……茶乱の女王様を相手に、何ができるんだろうねぇ」

世の中全てがうまく行くわけではないし、この感覚がずっと続くとも限らない。いつ何が起こって、今までの全てが壊れてしまっても、何の不思議もない。疲労もストレスも困ったことも、前よりたくさんになったけれど、それでもやめたくない自分もいて、やっぱり時々くじけたりする。けど。

「そういえば見たよ、ホームページ」

「ああ、会社の?がんばってるでしょ?」

「こっちにも、その半分くらいの愛を注いでほしいもんだね」

おどけた口調で言って、彼はがんばれ、と付け加えた。うん、がんばる、と答えて、

「じゃ、今夜一晩乗り切るために!かんぱーいっ」

「……はいはい」

「でも泊まって帰ったらゆかこさんやおばさまが式場とっちゃうかなぁ?」

「さぁね」

もしそうなったら食事は飲茶のフルコースで、お茶飲みたい放題にしようか、と言うと、いやな式だなぁと彼は笑った。君は見た目はいいんだから、ドレスも和服も似合うだろうけどね、と、最後に言って、けれど何だかあきらめたような顔つきで、野沢さんはお茶を飲んだ。

「やっぱりお茶は一人より二人よね。ほら、歌にもあるし」

「えーと……コーヒー……なんとか、だっけ?」

「違うでしょ。「二人でお茶を」よ」

そのままだね、と彼は言った。そうよ、そのまま、特別なんて何にもないわ、と、私は笑いながら答えたのだった。

 

 

 

 

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