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エドアルドが屋敷に戻ったのは、日付も変わるような真夜中だった。出迎えた泊まり番のメイドも寝巻き姿で、その少々あられない姿に苦笑する。後は休むだけだから、とそのメイドに言って、彼は私室に向った。 叔母の行方は解った。それはいい。しかし、どういう状況で、一体誰と出かけたのか、それがエドアルドの中で引っ掛かっていた。 叔母は、夜半の急の迎えに、娘であるルクレチアに一言もなく出掛けたらしい。もっともその事は、彼女が目を覚ました後、送り出したメイドが報告すれば、特に問題のないことなのかもしれない。問題は、その迎えだ。誰がそんなものを寄越したのか、そしてどうして、彼女がホテルから運ばれたのか。マルコが言っていたように、父、モントリーヴォが連れ出したとするなら、一体何のために、数日に渡って彼女をホテルに留まらせたのか。仮に、他人に聞かれたくない話があるとしても、真夜中に迎えを寄越して、数日もの間、彼女を半ば監禁するような必要が、どこにあるというのか。あの人は、一体何を考えているんだ。思って、エドアルドは嘆息した。私室のドアに辿り着く。何も考えず、普段どおりにエドアルドはその扉を開けた。 「エドアルド様、お帰りなさいませ」 扉の中には明かりが点り、そこに見慣れないメイドがいる。見付けて、エドアルドは目を丸くさせた。二十歳前後と思しきメイドは一礼して、 「失礼とは思いましたが、待たせていただきました」 「……こんな遅くまで。何か用かい?」 こんなメイドがうちにいただろうか。思っていると、彼女は困ったように少し笑い、ちらりとその視線を傍らへと投げた。ドアから少し離れたテーブルに、ブランケットに包まった人影を見付けて、思わずエドアルドが声を上げる。 「ルゥ……こんなところで……」 「若様のお戻りを、待つと仰られて……そのまま、眠ってしまわれたんです……」 申し訳ありません、と言ってメイドが再び頭を下げる。驚いていたエドアルドは、テーブルに顔を伏せて眠るルクレチアを見やり、その頬を緩める。そして、 「仕方ないなぁ、ルゥ、起きて。帰ってきたよ」 そう言ってテーブルに歩み寄り、その肩を揺さぶる。小さく呻いて、ルクレチアがその顔を上げた。寝ぼけ眼がこちらを向く。肩にかけられていたブランケットが、音もなく床に落ちた。 「兄さま……お帰りなさい……」 ふにゃふにゃと、まだまどろみの中にいるような柔らかい表情で、ルクレチアが笑う。吹き出して、エドアルドは、 「俺を待ってたんだろ?こんな遅くまで……」 「そうよ……兄さま、どこに行っていたの?」 問いかけると、ルクレチアはようやく目を覚ましたらしい。その場で大きく伸びをして、椅子から立ち上がった。 「どこって……ああ、叔母上が、見付かったって」 「母さまが?」 彼の答えに、ルクレチアの表情が、更にはっきりした驚きのものへと変わる。エドアルドは笑いながら、 「明日には戻るそうだよ。だから今日は、安心してお休み」 「明日?」 エドアルドを見上げて、ルクレチアがその言葉を繰り返す。安心したのか、その表情は緩んでいる。が、どことない不安げなものを感じて、エドアルドは首を傾げた。 「どうかしたのかい?ルゥ」 「……ううん、何も。明日になったら、母さまは、戻って来るんだなぁって……」 そう言ってルクレチアは俯く。この反応は、何だろう。何日も無断で家を空けていた母親が、戻ってくるのだ。何も不安になるような事は、ないのではないだろうか。思いながら、エドアルドは優しくルクレチアに笑いかける。 「ほら、もう遅いから……部屋に戻ってお休み、ルゥ」 その言葉に、ルクレチアが膨れる。何か気に触る事でも言ったか。思いながらエドアルドは首を傾げた。くすくすと、傍らでメイドが笑う声を立てたのは、その直後だった。何事かとエドアルドが振り返ると、ルクレチアが、何故か強い声をあげる。 「リラ、どうして笑うのよ!」 「申し訳ありません、お嬢様。でも何だか、おかしくて」 変わらず、メイドは楽しげに笑っていた。そして笑いながら、 「若様、お嬢様は、若様をずっとお待ちだったんです。折角こちらに伺ったのに、お話しする機会もないから、って」 「リラ!」 真っ赤な顔になってルクレチアが怒鳴る。エドアルドはメイドの言葉に放心し、間をおいてから、彼女の様にくすくすと笑った。 「に、兄さままで!どうしてルゥを笑うのよ?何が、そんなにっ……」 「おかしいんじゃないよ。そうだな……俺は、嬉しいから、かな?」 エドアルドの言葉の直後、ルクレチアが固まった。声を漏らす事はないが、メイドは相変わらず笑っている。エドアルドはそちらを見ると、 「君はもう休んでいいよ。ルゥの面倒は、俺が見るから」 「め、面倒って、兄さま……?」 展開が読めず、エドアルドの言葉にルクレチアが戸惑う。メイドはにこにこ笑ったまま、 「それでは、私は休ませていただきます。何かありましたら、客間にいますから、御召し下さい。お休みなさいませ」 そう言ってきびすを返し、エドアルドの部屋を出て行く。呼び止める事もできず、ルクレチアはそれを見送る。傍らではまだ、エドアルドが笑っていた。 「気が利くメイドだね。なんて人だい?」 言葉に、ルクレチアが振り返る。何やら少々怒っているらしい。何となくその理由は解るのだが、意地悪く、エドアルドは尋ねた。 「何だい、ルゥ。怖い顔をして」 「何って、何って、それは……」 「ルゥは俺と話がしたくて、待ってたんだろ?いつかみたいに寝てたけど。もう夜も遅いし、話が終わるまで彼女を待たせるのも、悪いじゃないか」 「そ……そう、だけど……」 何も答えていないのに、言いくるめられている。ルクレチアはそれを感じながら、それでも何も反論できなかった。そんな彼女の顔を覗いて、エドアルドがもう一度、尋ねる。 「俺を待っててくれたんだろ?ルゥ」 「……うん」 頷く以外、ルクレチアには出来なかった。満足げに、エドアルドが笑う。ルクレチアはそっぽを向くと、 「だって、急にお出かけするんだもの……どこに行ったのか、気になって……姉さまも帰ってこないし……一人にされたら……」 「寂しかった?」 重ねられた質問には、言葉もなく、ただ頷く。幼い仕種が愛らしい。思わずエドアルドは彼女の頭に手を置いて、くしゃくしゃとその髪を掻いた。ルクレチアは悔しげに彼を見上げるが、やはり何も言わない。膨れて、物言いたげな目だけを彼に向けていた。 「何だい?ルゥ」 「……何でも、ありません。兄さまも帰ってきたし、私も、お部屋で……」 「今夜はここにいなよ、ルゥ」 頭の上の手が離れる。言葉に少し驚いて、ルクレチアがその目を上げた。エドアルドは柔らかな表情で笑い、変わらない、揶揄い口調で続けた。 「こんな時間に尋ねてくるなんて……一体俺に、どんな用なんだい?ルゥ」 「っ……帰って寝ます!兄さまなんてキライ!そんなことばっかり……」 一瞬で、ルクレチアが発火するように怒る。真っ赤になって怒鳴った彼女の様子に、やりすぎたか、とエドアルドはかすかに苦笑した。自分に背を向けるルクレチアに、困り声でエドアルドが謝罪する。 「冗談だよ、ルゥ……怒らないでくれよ」 「お、怒らせるのはいつも、兄さまでしょ!どうしていつもそうやって、ルゥを苛めるの?そうやって、揶揄って……」 背中が震え始める。まずい、泣かせた。思って、エドアルドは慌てる。そのまま、ルクレチアがその場に崩れた。倒れこむ前に、エドアルドがその体を抱きとめる。泣きじゃくりながら、ルクレチアは恨み言めいた言葉を紡ぐ。 「兄さまは、いつもいつも……わ、私が、どんな気持ちになるかなんて、全然考えてくれなくて……今だって、私、お屋敷に一人にされて、ふ、不安だったのに……だから兄さまのこと、待ってたのに……」 「ごめん、ルクレチア。今のは本当に、俺が悪かった。悪かったから……」 「そ、そ、そうやって……いつもいつも、あ、あや……謝る、くせにっ……どうして治らないの?私のこと、本当は好きでも何でもっ……」 「そんなことないよ、ルゥ。俺は君の事が、本当に……」 ルクレチアを背中から抱きしめる格好で、エドアルドはそこに座り込む。腕の中、ルクレチアは泣きじゃくりながら、その恨めしげな目をエドアルドに向けた。笑いかけて、抱きしめる腕に力をこめる。ルクレチアはそのまま、背中を抱く彼を無言で見ていた。耳元、エドアルドは言葉を紡ぐ。 「本当に、俺が悪かった。謝る。だからそんなに、泣かないでくれよ、ルゥ」 「……本当に、反省している?」 嗚咽が、止まらない。途切れ途切れの言葉で尋ねて、ルクレチアは自分に回された腕に、その手を重ねた。口付けが、頬に触れる。エドアルドは、耳元で笑っていた。本当に反省しているのだろうか。思いながらルクレチアは、軽く眉をしかめる。 「好きだよ、ルクレチア」 「……その前に、もう一度ちゃんと、謝って」 「もう二度と、こんな風に君を苛めたりしない。だからごめん。俺を、許してくれる?」 言いながらも、やはり彼は笑っている。あまり反省の色も見えないが、それでも、これ以上彼を苛めるのも、可哀相か。思いながらルクレチアは振り返った。エドアルドの腕が解ける。床に座り込んだまま、ルクレチアはその顔を覗く。そして、 「また同じことをしたら、今度こそ許さないんだから。兄さま、ちゃんと覚えておいてね」 「解った、肝に銘じておくよ」 参った、と言いたげな、それでも笑っているエドアルドの顔が見える。ルクレチアはそれに、安心したように笑った。エドアルドの手が伸びる。そのまま、それは彼女の顔に触れた。頬を撫でる優しい感触に、ルクレチアは笑って目を閉じる。 「本当に、もう……困った兄さまなんだから……」 頬はそのまま、固定された。言葉が終わると間もなく、唇が重なる。短い口付けの後、二人は互いを見て小さく笑った。 「それで、ルゥ。今夜はここで寝る?それとも、部屋に戻る?」 改めて、エドアルドが、今度は冗談ではなく、ルクレチアに尋ねる。ルクレチアはその場で少し思案顔になると、溜め息と共にその視線を落とした。 「……ルゥ?」 「兄さま、あのね……」 ルクレチアの視線が、床を泳ぐ。何かあったのだろうか。思いながら、エドアルドはルクレチアの、次の言葉を待つ。窓の外は、真夜中の闇で埋め尽くされていた。物音一つ、聞こえない。ルクレチアは強く目を閉じて、それから、小さく言った。 「ごめんなさい……何でもないの」 「ルゥ……?」 その目に再び、涙が滲む。その顔を覗き込んで、エドアルドがそっと、その名を呼ぶ。 「ルクレチア」 「……本当に、何でもないの……な、泣けてきちゃうのは、さっき兄さまが、意地悪したからで、それで……」 手で、ルクレチアは溢れる涙を拭う。一体何事なのだろう。訳も解らず、何も出来ないまま、エドアルドはもう一度、側にいる彼女を抱き寄せた。 「に、兄さま……?」 「ここで泣きなよ……俺がずっと、こうしてるからさ」 哀しまないで、泣かないで、と、上手く言えない。どうしてだろう。その理由が解ったなら、この子の哀しみを、消す事ができるだろうか。腕の中の彼女を感じながら、エドアルドは吐息を漏らす。 彼女の悲しみも憂いも、総て消し去る事ができるなら、自分は何でもする。どんな事でもできる。彼女を、脅かす総てのものから、守りたい。それが叶わないなら、せめてこうして、涙に濡れる彼女を抱いていたい。ここに確かに、自分がいることだけでも、解ってほしい。ここに自分はいる。君を愛して、守りたいと、ずっと願っている。それだけでも、解ってくれたら。 「兄さま……?」 ルクレチアが、そっと顔を上げた。見下ろして、エドアルドは笑いかける。額を撫でると、その目が戸惑うように泳いだ。涙を拭うと、少し驚いて、それでも、彼女はされるままだ。 「兄さま……」 「名前で呼んでよ……いつかみたいに」 言いながら、エドアルドはルクレチアの髪を撫でた。その先を捕まえて、口付けする。 「君はいつもで、いい匂いがするね……」 「え……でも、今は、何も……」 何気なく紡がれたエドアルドの言葉に、ルクレチアが戸惑う。首筋にキスが降りて、ルクレチアの口から、小さな悲鳴が上がった。 「やっ……」 「呼んでよ、俺を……ずっと君の、側にいるから……」 「……チェー、ザレ……や、やんっ」 だだをこねるような言葉に、戸惑いながらルクレチアが、小さな声でその名を呼ぶ。口付けは繰り返されて、細く白い彼女の首筋が、僅かに光った。腕の中で、ルクレチアが身をよじる。目を閉じて、エドアルドは溜め息をつく。 「兄さま、あ、あのっ……」 「こんな風にされるのは、嫌?ルクレチア」 それが声なのか溜め息なのか、解らない。耳元で囁かれた言葉に、ルクレチアは全身を強張らせた。体の上を、ぞくぞくするものが駆け上がる。直後、彼女は小さく言った。 「……貴方が、望むなら……」 「本当?俺が……抱きたいと言ったら……許してくれるの?」 ルクレチアは沈黙する。返らない答えに、エドアルドは眉をしかめた。 「ルゥ」 呼びかけても、震えるままで、彼女は答えない。また泣かせるか。思っていると、彼女は小さく言った。 「……私を抱いて、チェーザレ……愛してるって、あの時のように……」 「愛してる……君を絶対に、離さない……」 細い声が終わるより先に、エドアルドはその言葉を口にした。顔を捕まえて、口付けの雨を降らせる。唇に辿り着く前に、もう一度、彼はすぐ側で囁いた。 「君を愛してる……だから泣かないで、ルクレチア」 ルクレチアに言葉はない。唇がふさがれて、彼女の閉じた瞳から涙があふれる。ついばむ様な接吻の後に、エドアルドはその体を軽々と抱き上げた。彼の肩に腕を回して、ルクレチアは震えている。 「ルゥ……」 「兄さま、大好き……ずっとずっと、側にいて……」 震える声が懇願する。僅かに笑って、エドアルドは返す。 「ずっと側にいる。君をどこへもやったりしない。誓うよ」 エドアルドの肩に抱きついて、ルクレチアは声もなく泣き続ける。この子はどうして、こんな風に泣くのだろう。今ここに、自分がいるのに。こうして抱いているのに。思いながらエドアルドは歩き出す。こんな風に泣かれたら、何も手出しが出来ないではないか。例えば、顔を覗くことも。思って彼は軽く眉をしかめる。ベッドに辿り着いて、ゆっくりと彼女を降ろす。手を離すと、そのことにさえ戸惑う瞳を見つけて、エドアルドはぎこちなく笑った。 「何がそんなに哀しいの?ルゥ」 「かな……哀しくなんか……」 「じゃ、やっぱりこんなのは、嫌?」 真正面からその瞳を覗く。ルクレチアは戸惑いながらその瞳を泳がせて、その顔を伏せる。 「……ルゥ?」 「違うの……本当に、何でも……」 ルクレチアが首を横に振る。二つ分けの金色の髪が、さらさらと音を立てる。そして、 「……はしたない、いやらしい子だと、思わないで……」 「え?」 細く小さく、ルクレチアが言った。エドアルドが聞き返しても、返答はない。 「ルゥ?」 「っ……だって私は、貴方のものだから……してくれるなら、されたい……」 ちらりと向けられた視線が、熱い。その閃きに、エドアルドは息を飲む。ルクレチアは涙を拭う。そして、潤んだ目のままでぎこちなく笑いながら、エドアルドに腕を広げて見せた。 「ルクレチア……」 「だからお願い……沢山、愛して」 なんて事だ、誘われている。そして、抗えない。眩暈に似た何かに揺さぶられるように、エドアルドは、ルクレチアの胸に倒れこむ。ベッドがきしんで、シーツの上に彼女の金の髪がうねった。 「ルクレチア……」 名前を呼ぶと、押し倒した少女は何も言わずに、また笑った。頭がくらくらする。体中が心臓になったように、どくどくと脈を打つ。指先まで痛くなりそうな興奮が、自分を支配する。ついこの間まで、幼い少女でしかなかったはずなのに、どうして彼女はこんなにも、自分を狂わせるのだろう。いやそんなことよりも、今は一秒でも早く、体を重ねたい。頭の中を、そんな思いが駆け巡る。そのまま無言で、エドアルドは彼女の着ているものをはぎ始めた。少々荒々しい手つきに、されるままのルクレチアが困惑する。 「ま、待って……兄っ……」 「待てない……ごめん」 喘ぐ息が、熱い。思いながらエドアルドはしびれる指先ももどかしく、脱がせたものをベッドの外に放り捨てる。 「やっ……兄さま、本当に、待って……」 ルクレチアの下肢だけを裸にして、無理やりエドアルドはその足を開かせた。怯える声にも耳も貸さず、そのまま、これから自分が割り込むその場所に、噛み付くように口付けする。 「いやっ……やっ……あんっ……」 突然の感触に、ルクレチアの体が跳ねた。水音を立てて、激しく口付けは続けられる。舌が蠢く度、まだ大人になりきらない細い体はびくびくと跳ね、ゆるく開いた口許から、細い声が漏れた。時には悲鳴に近しいその声を、どこか遠くで聞きながら、エドアルドはその体を夢中で貪った。唇を離すと、今度は自分の指で、その感触を確かめるように奥を探る。異物感に驚いて、ルクレチアがその半身を浮かせるように起こす。 「に……兄さま……っ、あっ……」 潤んだ目がこちらを向いている。見ないまま、エドアルドは苦笑した。どうしよう、止まらない。指にからみつくような、その熱さとぬめりが、心地いい。このまま続けていたら、彼女はどうなるだろう。足を大きく広げて、ひじを着くようにして、その身を起こしている姿は、途轍もなく扇情的だ。しかも、そこは今、自分の指が支配している。その動き一つでどうにでも、好きにできる。意地の悪い、残酷にも見える笑みが、エドアルドの口許に昇った。気分がいい。凄まじく、楽しい。恐らくこれ以上、自分が高揚することなどないだろう。思いながらエドアルドはルクレチアを見遣った。涙に濡れる、怯えた目がこちらを向いている。途切れがちの震える息に、時折小さく声が混じる。指を大きく動かすと、その体がひときわ大きく跳ねた。 「あんっ……あ、あ、あふんっ……」 開かれた細い足が、閉じられようとする。手の動きを止めて、エドアルドは意地の悪い顔のまま、そっと囁いた。 「ダメだよ、ルゥ。足は、開いてなきゃ」 「っ……で、でも、こんなの……」 「嫌じゃないだろ?じゃなかったら……あんな風に、言わないよね?」 濡れた指を収める。ルクレチアは震えながら、側にいる男を見詰めた。意地の悪い、どこか残酷な顔が見える。何だかこの人が、今はとても怖い。大好きで堪らないはずなのに、この人が、自分に害をなす訳が、ないのに。思いながらルクレチアは目を伏せる。そして、小さく言った。 「嫌じゃ……ないけど……」 「なら……何?」 問いかけは、いつも以上に意地が悪く聞こえた。目をきつく閉じて、ルクレチアは強く言う。 「さっき、もう苛めないって、言ったのに……」 「苛めてなんかないよ……むしろ、君がさせてるんだ……」 上擦る声の答えに、ルクレチアが目を上げた。そのまま肩をつかまれ、無理やりに口付けられる。荒々しい接吻に息を詰まらせて、ルクレチアはそこに倒れた。そのままエドアルドが馬乗りになる。口の中を荒らしまわるような口付けが終わると、エドアルドがうっとりした声で、その名前を呼ぶ。 「ルクレチア……」 「っ……や、こんなの……兄さま、怖っ……」 「我慢してよ……俺のことが、好きなんだろ?」 唇は離れても、息がかかるほどの距離で、エドアルドが囁くように言った。ルクレチアは目を閉じて、泣くような声で言い返す。 「……兄さま、怖い……こんなの、やっぱり、いや……」 「こんなに、濡らしてるのに……それでも?」 言葉に、ルクレチアが目を剥く。エドアルドはその反応に軽く笑った。その手が膝にかかる。足を固定されて、ルクレチアは怯えた目でエドアルドを見上げる。 「兄さま……やめて……」 「さっきみたいに、名前で呼んでよ……」 「いや……いやったら、いや!」 「……されたいって言ったのは、君の方なのに?」 繰り返される拒絶の言葉に、エドアルドが眉をしかめた。ルクレチアは目を閉じて、 「それでも、いやなものは、いや!だって兄さま、怖い……」 「俺が怖くて……嫌い?」 首を横に振ると、そんな声が聞こえた。ルクレチアがそっと目を上げる。エドアルドは、頬を強張らせるように笑っていた。その、余りにもいびつな、そしてどこか切なげな表情に、ルクレチアは息を飲む。 「兄さま……」 「俺を、嫌いにならないでよ……ルクレチア……」 それまで、どこかうっとりとしていた声音は、途端にその色を失った。泣き出しそうにさえ見えて、ルクレチアは混乱する。 「兄さま……」 「我慢できない……入れても、いい?」 それが、彼女の前に示された。突きつけられるように見せられて、ルクレチアは思わず目を背ける。 「ルゥ……」 「……兄さまの、意地悪」 それ以外に言葉が出ない。顔を真っ赤にして、ルクレチアは泣き出しそうになりながら、それでも抵抗しなかった。エドアルドは動かない。眉をしかめて、言葉を重ねる。 「ルクレチア……入れるよ」 答えは、返らない。構わず、エドアルドはその体に自分を割り込ませた。瞬間、ルクレチアの体が強張る。重なり合って、思わず息を漏らす。包み込まれた体の一部は、温かくその場所に迎えられた。僅かに身をよじると、下で、彼女が震える。 「ルクレチア……気持ちいい?」 「……兄さまの、意地悪……っ……キライ……やんっ……」 拗ねた声が聞こえる。思わず、エドアルドの顔がにやつく。そのまま、彼は動き始める。 何がこんなに、自分を暴走させるのだろう。絡まり合う下肢の激しい動きが、まるで自分の意思とは関係ないような感覚さえ覚えて、エドアルドは思った。奥に進む度、自分を受け入れる彼女の体から、えも言われぬ快楽が体を走る。怯えているようで、それでいて妖しく誘うようなその反応は、恐らく、男なら誰も抗えまい。それは余りにも心地いい。体だけでなく、心までも。まだ幼さの残るその体を、文字通りに自分は犯している。悲鳴を上げて抗う様子は、見ていてどこか痛々しい。それでも、やめて、と叫ばれても、止まることが出来ないのは何故だろう。自分は本当に、彼女を愛しているのだろうか。ただ、本能のままに、欲求のあるままに、その体を欲しているだけなのではないのか。支配欲という邪な欲望を満たすために、いたぶっているだけなのか。 「チェーっ、ザレ……あ、あ……やっ……」 呼ばれて、彼は自分がのしかかっている女の顔を見下ろした。繋がった部分が熱い。このまま融け合って、なくなってしまいたい。思いながら、エドアルドは吐息ほどに小さな声で、そっと呟く。 「君が、好きだよ……」 「っ……私も……んっ、あ、はんっ……」 揺さぶられながら、ルクレチアがその声に答える。もっと深く繋がりたい、混ざり合いたい。思いながら、エドアルドはその体を近づける。えぐる感触が強くなって、ルクレチアは思わず咽喉をそらせる。 「やっ……奥まで……入って来ちゃ……」 びくびくとその体が痙攣する。逃げるようにも見えるそれを押さえつけて、エドアルドは更に激しくその体に打ちかかる。 「兄さ……いや、そんなに、したら……」 「したら、何?」 「……壊れ、ちゃう……おかしく、なっ……」 息が乱れる。熱い。身をよじりながら、切なくルクレチアはその眉をしかめた。体の総てが、彼に犯されることに震えている。その動き一つで、何もかもが頭の中から消えてしまいそうになる。どうしよう。怖い。思いながら、ルクレチアは言葉を紡ぎ続ける。 「あ、たまっ……へんに、なっちゃ……う……兄さま以外のこと……何にも、考え、られないっ……」 寒くもないのに、体が震える。怖くもないのに、心が強張る。深く繋がったはずなのに、もっと奥にまで来て欲しくて、一つになったはずなのに、それでも足りない気がして。 「大丈夫だよ……そのまま、俺を感じてて」 耳元で、エドアルドが囁く。声と共にかかる吐息さえもが、彼女の体を震わせた。背中が捩れる。逃げたい、そう思うのと同時に、もっともっと、この先にある何かに近付きたい、そんな気がして、ルクレチアは彼を見る。 「チェーザレ……チェーザレ……わた、私、のっ……私のっ……」 愛しい人、唇はそう空回りした。同時に走った電撃のような感覚に、声が出ない。体が勝手にばたばたと暴れる。何が起こっているのか全く解らない。だというのに、もうそこには恐れも怯えもなかった。暴れる自分を押さえつけるように、ルクレチアは自分を組み敷く体に抱きつく。その胸に額を押し当てて、震えながら、彼女は慟哭に似た声を上げる。 「ひあっ……あ、ああっ……あ、ふ……ああっ……」 「ルクレチア……君が好きだよ……」 繋がりを得ているその場所が、まるで引き止められるように締め付けられて、エドアルドは眉をしかめながらも笑っていた。彼女の中がどくどくと脈打っているのが感じられる。力強く、そして余りにも怪しい感触。そのまま、命さえ投げ出してもいいとさえ思わせる悦楽に、エドアルドは身を委ねるように目を閉じた。体に、震えが走る。充実感とも満足感ともつかない、不思議な気持ちだった。何が自分を満たしているのかも、解らない。 「ルクレチア……」 くらくらと、眩暈がする。全身から力がぬける。絡まりあった下肢を解いて、横たわるその体の上に、エドアルドは倒れこむ。その胸に耳を当てると、先程下肢で感じていたのと同じ動悸が聞こえた。顔を上げると、泣き出しそうな彼女の目が見えて、エドアルドはそっと、その手で頬を撫でる。 「ルクレチア……」 言葉が出ない。ただ、その名を呼びたい。ルクレチアの顔を撫でながら、エドアルドは吐息交じりの声で、何度もその名を呼ぶ。 「ルゥ……ルクレチア……俺の……」 「っ……チェーザレ……私の……わた……」 くしゃりと、その顔がゆがんだ。ルクレチアの目から涙がこぼれる。頬を撫でる指先で、エドアルドはそれを拭う。その手を、ルクレチアの手が追いかけた。小さな両手で捕まえられて、何事かと思うより先に、その指先に彼女が口付けする。 「……ルゥ?」 指先は、そのまま甘く噛みつかれた。どことなく淫靡なその口付けを、エドアルドはぼんやりしたまま、振りほどく。 「ルゥ……」 「……ごめんなさい、こういうのは……嫌?」 自分のした、いたずらにも似た行為をあっさりと退けられて、ルクレチアが謝罪する。エドアルドはぼんやりしたまま、問いかけにも答えず、もう一度その体にのしかかる。 「兄、さま……?」 「……もう一度……じゃない。夜が明けるまで……してもいい?」 真直ぐに、エドアルドがその目を見詰める。ルクレチアはその言葉に戸惑って、思わず視線を逸らす。 「夜が、明けるまで?」 「我慢、できないんだ……もっと俺を……狂わせてよ……」 何を言っているのか、自分でも解らない。でも、拒まれないというなら幾度でも、彼女の体で果てたい。命が尽きるまで、ずっとこうして、この得体の知れない感覚に酔っていたい。一つになっても、なりきれない。溶け合って、取り込むことも出来ない。でも、出来ないなら尚更、この悦楽に溺れたい。せめて今夜だけでも。 「ルクレチア……俺を、気持ち良くさせて……」 「き、気持ち、良く……?」 ルクレチアの顔にあからさまな驚きと、怯えが見える。自分を見ようとしない彼女を見下ろして、エドアルドは眉をしかめる。 「我慢できない……俺を、拒まないでよ……」 何故か泣きたくなって、エドアルドは目を伏せた。どうしてだろう、それを思うと哀しくなる。側にいて、笑ってくれているだけでも良かったはずなのに。こんな風になれば、後戻りは出来ないと、解っていたのに。思いながら、エドアルドは懇願を繰り返す。 「君と、体を重ねていたい……犯して……一つでいたい、ずっと……」 「……どうして、そんなこと、聞くの?」 僅かの間をおいて、ルクレチアがエドアルドに問い返した。もう一度その顔を見ると、ルクレチアは俯いて、小さく震えていた。 「……私に、何を言わせたいの?そんな風に言って……」 恨みがましく、視線だけを向ける。ルクレチアはエドアルドを睨んで、その視線のまま、彼に抱きついた。 「ルゥ……?」 「……いいの、私は、貴方のものだから……そ、それに……本当は、いやじゃないの……いやじゃなくて……何か、変なの……」 ルクレチアを抱き返して、エドアルドは彼女を抱えるようにしたまま、体を起こす。ベッドの上に二人で向かい合わせに座って、エドアルドがそのままうつむく彼女の顔を、そっと覗く。 「ルゥ?」 「さっきは……ちょっと、こ、怖かったけど……でも、兄さまに、されるん、だったら……」 「……うん」 この子は何を言いたいんだろう。まだぼんやりした頭で、エドアルドはそんなことを思った。ルクレチアは俯いて、再び、ちらりとエドアルドを見た。 「ルゥ?」 「……っ、もう一度、したら……解るかも、知れないし」 「……何が?」 その顔が真っ赤になる。暗がりでも、何故かそれが解った。ルクレチアは困り顔のまま、 「……爆発して、なくなるかと、思ったの」 「……爆発?」 「……だから、その……」 言葉はそこで途切れた。目の前のエドアルドの胸に、ルクレチアは無言で倒れこむ。そのまま抱きついて、彼女は小さく言った。 「……確かめたいの……だから……」 声だけでなく、彼女の体が総て、小刻みに震えていた。何を確かめるのか。もう一度抱いたなら、彼女は何を理解するのだろう。ぼんやり思いながら、エドアルドはゆっくりともう一度、その体をベッドに倒す。間違いないのは、誘われている事と、自分からは、それを拒む事ができないことだ。横たわると、不安げな目でルクレチアが彼を見上げた。額に口付けして、エドアルドは囁く。 「君が大好きだ……愛してるよ、ルクレチア」 「……私も」 ルクレチアの返答の後、エドアルドはその唇を奪った。先程の行為とはまるで違う優しい口付けに、ルクレチアは犯されながらも、その頬を緩めた。 翌朝。 「ルクレチア、起きられるかい?」 眠ったのは、夜明け近かったか、それとも明るくなってからだったか。眠ったとしても、転寝程度だったかもしれない。すっかり日も昇りきって明るくなってから、エドアルドは起き出して、ベッドの中の彼女に声を投げていた。脱ぎ散らされたままの服は、床の上に散乱している。下着も同じく。適当に片付けて、誰か人を呼んでも差し支えのないようにしなければ。思いながら、屋敷の若君はそれらを集めて、とりあえず一まとめにしてみる。自分はまだいいが、問題はベッドの中の彼女だった。ここに泊まる支度などあろうはずもないし、ましてやこんなことになるとは、思ってもいなかっただろう。参ったな。思いながらも、エドアルドは呼びかけを重ねた。 「ルクレチア、起きられる……」 「に、兄さまの、意地悪!」 シーツのかたまりから、涙の混じった、自分を詰る声が聞こえた。エドアルドは苦笑して、そのシーツを見ながら、 「……目は、覚めてるね」 「起きてるとか、起きてないとかっ……じゃなくて、こ、これで、外になんか出られる訳、ないでしょう?」 「うん……そうだね……」 彼女が身につけていたものは、昨夜全部自分が剥いでしまった。辛うじて、破れているものはないが、どれも酷いことになっている。 「……あのメイドに言って、着替えを持って来させるよ。それから……朝飯も……」 「兄さまなんかキライ!だいっキライ!」 何を言っても、聞いてはくれないらしい。これは本当に、困ったことになった。頭をかきながら、エドアルドはベッドに歩み寄る。ルクレチアはシーツの中で丸くなったまま、更に彼を罵った。 「あんな……あんなに、するなんてっ……もう、信じられないっ……わた、わた、私のことなんか、ほ、本当は、全然、考えてなんかっ……」 「だって、ルゥだって言ったじゃないか。嫌じゃない、って」 「そ、そ、そんなの、忘れました!兄さまなんて……」 「それに……何か言ってなかったっけ?確かめるとか、何とか……あれって、何のこと……」 「知りません!兄さまなんてキライ!キライキライキライ!」 「……そんなに、言わなくても……」 ルクレチアの隣に腰掛けて、エドアルドは困り顔だった。頭だけがそのシーツから見える。撫でたりしたら、やっぱり怒鳴られるか、下手をすれば殴られでもしそうな勢いだ。どうしたものか。胸の中で呟いて、エドアルドは嘆息する。とは言え、このままシーツの中に彼女を隠しておくわけにも行かない。何とかしなければ。思いながら、エドアルドは無理やりその顔に笑みを作った。そして、懐柔策に出ようと試みる。 「俺のこと嫌いだなんて……そんな風に言わないでよ、ルゥ」 「……知りません」 「だって昨夜は言ってくれただろ?私は、貴方のものだから、って」 「そんなの、忘れました!」 「俺が、したいって言ったら、されたい、って……」 「そんなこと、思い出させないで!」 怒鳴りながら、物凄い勢いでルクレチアが起き上がる。シーツで胸を隠して、ぐしゃぐしゃの頭で、ルクレチアは真っ赤な顔でエドアルドを睨んだ。怒った顔も可愛らしい。いや、これは怒っているというより、後朝を恥ずかしがっているのだろうか。あの後、彼女がまともな抵抗も出来ないと解って、無理を強いたのは自分だし。何気に夜のことを思い出して、エドアルドが笑う。ルクレチアは更に激昂して、 「わ、笑い事じゃありません!どうして兄さまって、そんなにっ……」 「そんなに……何?」 意地悪なの、とまた、罵られるかな。思いながら、エドアルドはルクレチアの言葉を待つ。が、返された言葉は、別だった。 「いやっ……いやらしい!そんな風に、笑わないで!」 「ルゥ……これはでも、仕方ないよ……」 言い訳をするが、そのニヤニヤ笑いは止まらない。そのままで、エドアルドは逆なですると気付かないまま、思わず口を滑らせる。 「ルゥだって、もっとして、って言ったじゃないか。そんなに怒ること……」 「そ、そんなこと、言ってません!そんな……私そんな、恥ずかしい事っ……」 「じゃあ、何?君はもう、俺とああいうのは、嫌なのかい?あんなに……幸せだったのに」 ぼそりと、最後の一言をエドアルドが呟く。 夜通し繰り返された行為の後、ルクレチアは満足げに笑っていた。幾度か激しく絡み合って、その間に、彼女の得るべき恍惚にも達したらしい。というのに、だ。今朝のこれは何だ。確かに無茶をしたし、我侭は言った。けれどこれではあんまりのような気がする。哀しいとしか言いようのない心地で、エドアルドは恨めしげにルクレチアを睨む。ルクレチアは口をぱくぱくと空回りさせて、そんなエドアルドを見返している。 「ルゥ……もう二度と、あんな夜は嫌かい?俺とあんな風に……愛し合ってはくれないの?」 甘えるように、エドアルドが問いかける。ぱくぱくと、未だルクレチアの口は動いていた。暫く、エドアルドは答えを待った。愛おしい相手とその悦びが分かち合えたなら、それは幸福ではないのだろうか。望むように悦楽を得られて、与えられて、その瞬間を同時に感じることは、悪い事なのだろうか。確かに、後ろめたさがまるでないわけではない。それでも、それ以上に、自分は彼女を抱きたかったし、その悦びを知って欲しかった。それなのに、叶ったその後で、こんな風に罵倒されて、取り繕う事もできないのは、余りにも不幸だ。 「ルゥは……俺が、嫌いになった?」 「に……兄さま……っ」 「もう俺に……触られたくもない?」 ルクレチアの動きが止まる。エドアルドは、まるで小さな子供のように、その目を覗きこんで重ねて尋ねる。 「もう俺に……抱かれては、くれない?」 「っ……私は……兄さまの、何?」 眉をきつくしかめて、ルクレチアがエドアルドに背を向ける。躊躇わず、エドアルドは言った。 「恋人だよ。愛しい人」 「っ……『愛しい人』……?」 「俺は……ずっと君が好きだった。どうしていいのか解らないくらいに、ずっと好きだった……だから、君に許してもらえて……本当に、嬉しかったのに……」 言葉と共に、エドアルドがその背中を抱きしめる。ルクレチアはその言葉に戸惑いながら、言葉もなく、されるままだ。 「もう離さない、誰にもやらないって……君は、それに答えてくれたんじゃなかったのかい?」 「そ、それは……」 抱きしめられて、耳元で、甘く囁かれる。ルクレチアは泣き出しそうにも聞こえるその声に、自分が泣いてしまうのではないかとさえ思った。エドアルドは軽く目を閉じる。そして、更に続けた。 「俺を、嫌いにならないで……拒まないで、許してよ……ルクレチア……」 「……兄さま……」 「君がそんなに嫌なら……もうこんな風にさえ、抱いたりしない……」 エドアルドの腕が解ける。ルクレチアはとっさに振り返って、怯えた目でエドアルドを見遣った。 「ちがっ……兄さま、違うの!」 「ルゥ……」 「ごめんなさい、ごめんなさい!私、兄さまのこと、嫌いになったりしてないわ。だから……そんなこと、言わないで」 「……本当?本当に、俺のこと……」 「だって、兄さまは、私のこと、ずっと好きで……私と、ずっと一緒にいてくれるんでしょう?私だって、兄さまのこと、大好きだもの。ほ、本当はね……昨夜みたいなのは……は、は、は……っ」 「……恥ずかしいの?」 真っ赤になって言葉を詰まらせるルクレチアに、エドアルドが聞き返す。ルクレチアは無言で頷いて、それから細く言った。 「私も……すごく、その……」 ごにょごにょと、言葉は小さくなって、途切れた。聞き取れはしなかったが、言葉の先を読んで、エドアルドは軽く笑った。安堵の笑みに、ルクレチアがちらりと彼を見る。 「……兄さま?」 「愛してるよ、ルクレチア」 「……うん」 「うん、じゃなくて。君はどうなの?俺のことが好き?また俺に……抱かれてくれる?」 「……うん」 だめだ、やっぱり勝てない。思いながら、ルクレチアはその一言だけを答えた。エドアルドの表情が、更に解ける。抱き寄せられて、頬に口付けが下りた。されるまま、ルクレチアは彼の胸に寄りかかる。 「有り難う、ルクレチア……大好きだよ」 「……うん」 僅かの間、二人はそうしてベッドの上にいた。上機嫌でエドアルドはくすくすと笑い、ルクレチアも、真っ赤な顔をして、ぎこちなくはあったが、その頬を僅かにほころばせた。 「バスローブでも持ってくるよ……シャワーも、使うかい?」 「あの、でも……」 すぐ側で問われて、ルクレチアが戸惑う。エドアルドが目をしばたたかせると、ルクレチアはそのまま小さく言った。 「体が……ふにゃふにゃで……力が、入らないの……」 返答に、エドアルドは吹き出した。困惑の目で、ルクレチアが視線を泳がせる。見つけて、エドアルドは言った。 「じゃ、とりあえずバスルームまでお運びしますよ、セニョリータ」 「……一緒には、入らないんだから」 「誰もそんなこと言わないよ。中で倒れたりしたら、助けに入るかもしれないけど」 ルクレチアの言葉に、またエドアルドは笑った。そんな彼によりかかったまま、ルクレチアは膨れて、それ以上何も言わなかった。 ルクレチアを自室のバスルームまで運び、昨夜のメイドを呼び出す。着替えと、何か食べるものを、と簡単に指示を出すと、彼女はどこか楽しげに、解りました、と答えた。どうやら自分達のことが解っているらしい。ルクレチアが話したのか、それとも、そこまでしなくても解ったのか。思いながらエドアルドは、昨夜ルクレチアが眠り込んでいたテーブルの側に座っていた。身支度をさせて、朝食が済んだら、ストラーリへ叔母を迎えに行こう。その足で、二人をアパルトメントに送り届ければいい。それから、父親だ。思いながら、エドアルドは嘆息する。 父が、何を考えているのか解らない。夜中に突然、自分達のいる目の前で、使用人に車を支度させ、出かけたかと思えば、もう五日も戻っていない。しかも、その奇妙な外出に、叔母も一緒だったらしい。行き先も告げず、いや、屋敷には事情を知っている人間もいるのだろうが、自分達にはそれを教えず、叔母を探し当てたと思えば、ボカロジア傘下の病院だ。訳が解らないことが多すぎる。姉も言っていた。叔母は、ホテルから運び込まれたのだと。自殺未遂ではないかと、疑われるような怪我を負って。 思いに耽っていると、室内の電話が鳴った。立ち上がって、エドアルドはそちらに歩み寄り、受話器を取る。 「はい」 『若様、起きておいでですね』 「うん……おはよう、ばあや」 聞きなれた声に、エドアルドはかすかに笑う。声の主は、少々慌てている様子だった。ここに昨夜、ルクレチアを泊めたことがばれたか。そんなことを思いながら、エドアルドは何気なく受話器の向こうに問い返した。 「何だい、慌てて。朝っぱらからお説教か?ばあや」 『旦那様がお呼びです。お仕事のお部屋に、来るように、と』 その言葉に、エドアルドの表情が変わる。どうやら父も帰ってきたらしい。調度いい、自分も父には話がある。思いながら、エドアルドは短く嘆息する。ここ数日の留守のことも、叔母の事も、ルクレチアの婚約の事も、問い質さなければ気がすまない事は山積みだ。 「解った。すぐに行くよ」 短く返して、エドアルドは電話を切る。昨夜の幸福に相反するように、今日のこれからは、修羅のようだ。上手く交わして、ここに戻れればいいが。胸の内だけで呟いて、エドアルドは歩き出す。部屋を出る前に、あの子にも一言言っておくべきだろうか。部屋の扉の手前、そんなことを思ってエドアルドはきびすを返す。 ルクレチアはシャワールームで、まだその体を清めていた。ざあざあととめどなく、水音が続いている。磨りガラスの引き扉越しに、エドアルドが声を投げた。 「ルゥ、聞こえる?」 「なぁに、兄さま……入ってきちゃダメよ」 無邪気な答えの後、少しだけ不貞腐れたような声が聞こえる。エドアルドは笑って、 「父さんが帰ってきたらしい。ちょっと行ってくる」 「伯父さま、帰ってらしたの?いつ?」 引き戸の中の水音が途切れる。驚く声に、エドアルドは軽く返す。 「さあ。すぐに君のところのメイドが来ると思うから、俺が戻るまで、待ってて」 「……はぁい。行ってらっしゃい、兄さま」 からからと音を立てて、ガラス戸が僅かに開かれる。ひょっこり顔を出して、ルクレチアが笑った。ぐっしょりと濡れた長い髪からしとしとと雫が落ち、僅かに床を濡らす。その額に張り付いた前髪を一つまみして、エドアルドは笑って言った。 「そんな格好で出てきちゃだめだよ、ルゥ。明るいんだから、全部見える」 「やん!もう、兄さまのえっち!」 べー、と小さく舌を出して、ルクレチアが顔を引っ込める。笑いながらそれを見送って、エドアルドはきびすを返す。背を向けると、笑みはどこへともなく消えていた。 モントリーヴォの執務室の前まで辿り着く。時計は、そろそろ八時を回ろうとしていた。起きたのがいつなのか、はっきりとは覚えていない。が、どことなく胃の辺りが軽い。何か口にしてくるべきだったか。疲労感はないが、今の自分は少々力強さに欠けている気がする。せめてコーヒーの一杯でも飲んできたら、頭ももう少し冴えただろうか。父親は、この巨大な家の主だ。愚鈍な男ではない。寝起きと変わらない自分で、太刀打ちどころか歯が立つほど、簡単な相手ではないのだ。ドアを叩く前、ふとそんな考えが過ぎる。が、躊躇いも一瞬だった。待たせれば、機嫌が悪くなる。それもあの男の性分だ。それに自分にも、これ以上待てない事が幾つもある。思いながらエドアルドはその扉をノックした。乾いた小気味良い音の後に、扉は内側から開かれる。開けたのは、中年のメイドだった。エドアルドの姿を見るなり恭しく一礼して、彼を部屋の中へと招き入れる。 「旦那様が、お待ちです」 無言で、エドアルドは室内に歩みを進めた。メイドは扉を閉めて、その側に控えている。 部屋の真正面奥、そこがモントリーヴォの執務机になっている。小さめの食卓ほどあると思しき机の上には、幾重もの書類と、何冊もの上製本、辞書、その他にも様々なもので埋め尽くされていた。大きな図面のようなものさえ見えて、エドアルドは苦笑する。その執務机の手前には、接客用と思しきテーブルセットが置かれていた。三脚の革張りのソファに囲まれた低いそのテーブルの上には、軽食が用意されている。彼の朝食だろうか。とうの父親は、執務机について、何かの書類に目を落としていた。入ってきたエドアルドを見ようとはせず、そのまま、低く声を放つ。 「座れ、エドアルド」 「朝会ったら、まず挨拶でしょう、父上」 揶揄うような呆れるような、わざとらしい口調でエドアルドが返す。モントリーヴォは顔を上げ、口許をにやりと歪めた。その顎が上下すると、数秒と待たず、執務室の扉の開閉音が聞こえた。メイドを下がらせたらしい。ちらりと後ろを見て、エドアルドは嘆息する。そして改めて、父親を見た。 「五日間も、一体どちらにいたんですか、父上」 「仕事だ。いちいちお前達に説明する必要はない」 「あんな真夜中に出て行って、仕事で済ませる気ですか」 「座れ、エドアルド。腹が減っているなら、適当にやって構わんぞ」 執務机からモントリーヴォが離れる。その場に立ったまま、エドアルドは問いを重ねる。 「叔母上が、ストラーリに入院しているそうですね。運び込まれたとか」 「らしいな。少し怪我をした、と聞いているが」 テーブルに移って、モントリーヴォがその上に支度されたサンドイッチを食べ始める。自分の問いかけに応じようとしないその態度に、エドアルドは軽く眉をしかめる。この男が一筋縄で行かないことは、よく解っている。でなければ、この巨大な家を統率していく事など出来ないだろう。「本家」と呼ばれる家族は一握りだ。が、ボカロジアの抱え込むものは、余りにも大きい。いや、ここまでになったのは、この男の商才があったからだ。身動きの出来ないほどの財閥を御するというのは、どんなものだろう。何気にエドアルドは思い、苦笑する。ちらりと、モントリーヴォの視線が彼を見た。 「……何です、父さん」 「お前は、私の若い頃に似ている、らしい」 食べる手を止めて、モントリーヴォが唐突に行った。エドアルドは苦笑いを浮かべて、 「いい迷惑ですね。俺は貴方ほど、野放図じゃない」 「私がお前くらいの頃にも、父親に良く似ていると言われた。俺はあそこまで愚鈍じゃないと、本人の前で言ったこともある」 返された言葉に、まるで動じる様子も見せず、モントリーヴォは言った。それが気に食わず、エドアルドがその眉を寄せる。モントリーヴォはまた暫く、食事を続けた。室内に沈黙が下りる。エドアルドはその男を睨むように見て、先に発した問いを、また口にした。 「五日間も、一体どこいたんですか」 「答える必要はない」 「グラン・グラローニに、誰を連れ込んだかと聞いているんです」 強い問いかけに、モントリーヴォが再び彼を見る。エドアルドは自分に向けられた視線に、何故か嘆息した。知られているのだと、解っているくせに。答えるつもりも、言い訳するつもりもないのか、この人は。思うと、苛立ちが沸き起こる。モントリーヴォはそのまま、暫く無言だった。口の中の物を租借し、飲み込み、ポットの中のコーヒーを手ずからカップに注ぎ、飲み干して、彼は漸く口を開く。が、視線は再び、エドアルドから逸らされた。 「ロッシ銀行の頭取の娘が、今年、十九になる」 「……ロッシ?何です、唐突に」 グラローニと接する地方の銀行の名前が出て、エドアルドは怪訝そうに眉を寄せる。モントリーヴォは彼を見ないまま、更に続ける。 「モリエーロで、アデレードの手がけた事業が焦げ付き始めた。手を離すつもりらしいが、株価がかなり下がって、このまま放置すれば面倒な事になる。あれはボカロジアの名を使っている、我々の管理不足、ということになるだろうな。ロミッツィがそこに付け込んできた。30%の株を取得して、筆頭株主になってもいい、と申し入れがあった。建て直しのために融資する、とも」 「それと、ロッシ銀行の頭取の娘と、何の関係が……」 「下院議員のパスクアルの息子でも、年回りと使い勝手を考えれば構わんが、アデレードが聞くとは思えん。モリエーロの回収をするのに、ざっと二千万。アデレードの手では負えんだろう。パスクアル側も、次の選挙辺りが危ないらしい。ボカロジアの後ろ盾があれば、というところだろう。資産家だが、所詮は平民出だ。ネームバリューが足りない。ま、二千万は出せんだろうが、別の方面からモリエーロを押さえられる。とは言え、こちらは希望的観測の度が過ぎる話だ。現実的ではない」 モントリーヴォの目がエドアルドを見た。エドアルドは目を剥いて、息を飲み、呻くように言った。 「……それで、今度は俺ですか」 「ルクレチアが、ロミッツィのブルーノを、嫌だと言えばの話だ。ロッシはボカロジアでなく、ロミッツィとも組める立場にある。そうなれば、今の当主のことだ。ボカロジアはグラローニごと、食いつぶされるだろうな。あの男は愚鈍なくせに、恨みがましくて貪欲だ。あれでは商売に向かんと思うが、相当のブレインでも雇っているらしいな」 モントリーヴォの口調は淡々としていた。エドアルドに言葉はない。黒とも紺ともつかない、深い色の目が、互いをじっと見詰めている。何て男だ、これが、自分の父親か。思いながら、エドアルドはきつく歯軋りする。 「……だったら、ロミッツィの奴らの、好きにさせたらいいでしょう。ボカロジアに、何の価値があるというんです。守るべき家に、何があるんですか」 「この家が潰れれば、グラローニ諸共だ。町に住む人間の総てが、何かしらの余波を被る事になる」 「貴方が、そんなことを考える人間には、到底思えない。違いますか」 叫び出しそうに、胸の中には怒りがある。なのに口調は静かだ。エドアルドは自分自身のことを、不思議に感じていた。怒鳴りつけても、叫んでも、恐らく足りないほどに、自分の中に怒りは満ちていた。だというのに、心はどこか落ち着いている。それは、この男に対する絶望のためか。それとも、何か他に理由があるのか。父親を見据えながら、エドアルドはそんなことを思った。沈黙が二人の間を支配する。モントリーヴォは苦笑を漏らす。そして、息子と同じ色の髪を、力ない仕種で掻いた。 「父さん……」 「だろうな。町の人間のことなど、どうでもいい。奴らは所詮、ボカロジアに寄生しなければ生きていけない、その程度の人間だ……お前の言う通りだ、エドアルド」 歪んだ笑みが自分を見る。それまで対峙したことのない父親の姿に、エドアルドは驚き、うろたえる。気付いたのか、今一度モントリーヴォは苦笑した。そして、疲れた口調で言葉を紡ぐ。 「あの夜からずっと、お前が察しているように、リザとグラン・グラローニにいた。聞かれたくない話をするのに、あそこは都合がいいからな。予想以上に居座ってしまったが……」 「……何の、話を……」 「ルクレチアと、お前のことだ」 思わずこぼれたその質問に、モントリーヴォは容易く答えた。エドアルドの心臓が、驚きと焦りでぎくりと強張る。笑うのをやめて、モントリーヴォはエドアルドを睨む。 「お前は、ルクレチアをどう思っている?」 「どう、ですか……」 問われて、突然の事にエドアルドは答えに窮する。全く構わず、モントリーヴォは続けた。 「それ以前に、自分の立場をもっとよく理解する方が、先だろうな。この家を継ぐのはお前だ。リザも、言って聞かせたと言っていた」 「……何を、です?」 聞かなくとも、その答えは解りすぎるほどに解った。叔母は、彼女と自分の関係に気付いたのだろう。それであの子に釘をさしたのだ。エドアルドはこの家を継ぐ人間なのだと。それが意味するところは、容易く理解できる。 「ロッシ以外にも、年頃の娘が、と言ってくる輩は多い。暫くはそれを餌にさせてもらうが、お前も真剣に、そういうことを考える年頃だ」 「だから俺とルクレチアの事には、何も言わないと?」 「傷が浅いうちに、やめておけ」 モントリーヴォの言葉は冷たく、短い。エドアルドはその声に、息を詰まらせる。 「その辺りの女なら、金で何とでもできる。前にも言ったはずだ。金で片の付かない女と関係を持つな、と」 「ルクレチアは、貴方の姪ですよ?娼婦のような言い方をっ……」 その口調に、エドアルドの声が震えた。怒りで、声だけでなく体が震え出す。モントリーヴォの表情は変わらない。そしてその声で、言葉は続けられた。 「今回の事でボカロジアが打撃を受けることは確かだ。建て直しには、それなりの時間もかかる。グラローニごと潰される訳にはいかん。何か手を打つに越した事はない。ルクレチアがロミッツィに行くか、ロッシからお前が妻を取るか」 「……他に、方法はないんですか」 押し殺した声で、エドアルドが尋ねる。モントリーヴォはしばし黙し、それから、皮肉めいた表情で笑って、 「今までの総てを捨てて生きられれば、な。お前にも、私にも叶うまいよ。他に生きる術を知らんのだ」 「……俺は、あの子のためなら、何でもする。貴方とは違う」 押し殺した声で、エドアルドが言葉を返す。モントリーヴォはその笑みに苦いものを滲ませて、 「……やはりお前は、私に似ているよ、エドアルド」 「ボカロジアを守るためなら、手段を選ばないような人間と、一緒にしないでくれ」 「ああ、手段は選ばない。私は、私の守りたいものの為に……あれのためなら、この命さえ、厭わない……」 笑ったまま、モントリーヴォはエドアルドから視線を逸らす。どこか恍惚とした表情を見つけて、エドアルドは息を飲んだ。目の前にいる人間は、普段の彼とは全く違って見えた。巨大財閥の主、某国の王族から分かれた旧貴族の末裔、半ば一地方の支配者のようなその男が、エドアルドの前でそんな表情をするのは、初めてのことだった。息を飲んで、エドアルドはその姿を見詰める。 一体父は、何の為にこの家を守ろうというのだろう。何の為にボカロジアを、グラローニを守るのか。その為にどうしてそこまで、冷徹になれるのだろう。そして結局、自分はそんな父親の、道具でしかないのだろうか。 「父さん……」 「ルクレチアとお前の間に、何があるかは知らん。だが、お前はこの家を継ぐべき人間だ。金で片の付く女以外を相手にするな。相手が誰であれ、だ」 モントリーヴォが再び、冷たく言い放つ。エドアルドは舌打ちして彼に背を向ける。話せることはもう何もない。いや、何を言っても無駄だ。そして自分も、何も聞くことは出来ない。そのまま、無言でエドアルドは歩き出す。背中に向って、モントリーヴォが最後に声を投げた。 「リザなら、昼前にはアパルトメントに戻るはずだ。ルクレチアに、早く知らせてやれ」 何の救いにもならない言葉だ。聞きながら、エドアルドは背中で、その部屋の扉を閉じた。 |
Last updated: 2008/12/09